Ende der Traumerei 1

        
「あの人、本体さんの知り合いなんですね」

様々な形のアンティークのランプが並べられ、灯りが付いている。
朧気に明るい礼拝堂の中でオルトルート・ストリンドヴァリは言った。
異世界に飛ぶのは慣れている。
今の宿主が異世界に飛ぶようになるよりも前にオルトは、オルトの本体とも言える『カルヴァリア』は
ずっと異世界を巡っていた。

「そうみたいだが、ぼやけてるな。あの女」

天井近くには宿主が見ている光景がうつっている。ハニーブラウンの髪と目をした少女に宿主は案内されていた。
礼拝堂の長椅子に座り、光景を同じように眺めていたのはエルジュビェタだ。
真っ白いゴシックロリータを着ている。
対してオルトが着ているのは軍服のような衣装だ。
エルジュがあの女と言ったのは先ほど、ラスリア・ユーグと名乗った人物だ。
オルトやエルジュからすると、あれは人間というかヒトだ。
人間の形をした何かと言うべきである。
自分達のようにだ。

『そっちも外を見ているかい?』

明るめの青年の声がオルトとエルジュの耳に届いた。エルジュが空中に右手を軽く前に動かして撫でるようにする。
撫でた箇所にウィンドウが浮かび、そこに映ったのは、千草色の髪に一部赤メッシュが入った青年だ。
身長が高い。

「見てますよ。コウさんもですよね」

「お前の所は誰が居るんだ」

『僕だけ。ルイスイとヴェンツェルは発掘中じゃないかな。これからこの世界の情報を取る。ロゼとヨアは本の塔』

コウ・シリングはオルトやエルジュと同じ、『カルヴァリア』に取り込まれて自我が残った物だ。
この魂喰らいである『カルヴァリア』は取り込んだ魂をエネルギーとして使用する。
魂達は混ぜられて自我など残らないのだが彼等は残った。
今のところ、取り込まれていて、自我が残っているのは七人だ。
彼等は『不死英雄』と呼ばれている。誰に呼ばれているのかと言えば『カルヴァリア』の意思にだ。
『カルヴァリア』の宿主であるアディシアは『不死英雄』のことは知らない。
オルトもエルジュも別に知られなくても良いと想っている。
自分達は気まぐれで存在できているに過ぎない。今の生活らしきものも、今の宿主のお陰で出来ている。

「あの人のこと知ってますか」

創造神である彼女についてオルトはコウに聞いてみる。

『知らない。僕達の意識が落ちているときに逢ったんじゃないかな』

「珍しいこともある……ってわけでもないな。本体が大暴れした後とか意識全員飛んでるとかあるしよ」

『不死英雄』の活動時間はバラバラだ。
この中は、一日を二十四時間周期としているが、全員は好き勝手に行動している。
睡眠時間もさほど必要としない。『カルヴァリア』本体が何かあれば彼等も何が起きるか不明ではある。
話ながらもコウは両手でパソコンのキーボードをタイピングしているように動かしていた。
彼の前には透明操作鍵盤がある。タイピング音を止めるエンターキーが押される。

『他の情報は宿主が見聞きしたもの待ちとして、軽く取った情報を送るよ』

コウの顔を写しているウィンドウの横にいくつかのウィンドウが出て、取られた情報が出された。
オルトとエルジュはウィンドウを読み始める。

「神ですか」

「それなら偉そうにしてるか」

『統括なのもあるんだろうが、神だから統括なのか』

各々の感想が言われた。それから彼等は軽く取った情報を再び読み始めた。



アディシアは客室のベッドに座っていた。
ラスリア・ユーグと言う女性に案内されたのだ。彼女はここを統括をしているらしい。
歩きながら話したところに寄ると、ここはこの世界を統括している組織、セイクレドが本拠地としている神殿のようだ。
世界の名前をセイクレドと言い、神殿のこともセイクレドというようだ。
部屋には案内されたので待機していた。

「……形が無理やり固めたような、ヒトだよね」

感覚的にラスリアを表現するとそうなる。
ラスリアという器にラスリアを詰め込んでラスリアにしている。
それを言うとアディシアからしてみれば皆がそうだが、彼女は抱え込んでいるエネルギーが溢れそうになっているのを
ぎりぎりのところで抑えているような、それによって存在がある意味で不確かになっている曖昧な感じだ。

『”ラスリア”を保つのに苦労して居るみたい』

リアの声がする。
一週間過ごせば帰られるため、アディシアは素直に従っておく。帰っても元の世界では五分ほどしか経っていないのだ。
それに異世界に居る間は体の年齢が止まる。不老の状態だ。

「保つのに苦労はするんだ。ダイエット……」

『幻想になったんだもの。世界と契約した人間が人間として過ごすってのは、無茶なのよ』

「世界と契約……」

契約というのはアディシアも『カルヴァリア』としている。カルヴァリアの化身であるリアは微笑んだ。

『彼女は、人間だったけれど、世界と契約して今の状態となり、この世界は彼女が作ったの』

「――つまり、彼女の妄想とか空想とか想いの世界」

『ハッキリ言うとそうね』

ラスリアの説明はなかったがリアはいつの間にか、知っていた。アディシアからすればリアだからで解決されることだ。
創造神であるラスリアだが存在も一気に落ちる感じだ。我が世界と説明されてリアに解説をされて、
アディシアなりに解釈するとそうなる。

「創造神に逢うのは初めてだよ。ライドウの時は逢えなかったし。ルイ・サイファーが逢おうとしてたよね」

『そんな名前を出すのを憚られるアレと逢う逢わないは止めておきなさい。創造神とは言え、セイクレドのものね』

ライドウ、葛葉ライドウが居た大正二十年の世界では悪魔や天使や堕天使や神が居たが、創造神には逢えなかった。
リアからすれば創造神と言うのはキリスト教やユダヤ教で言う一神教のアレになるようだ。
アディシアに合わせてはいる。彼女はイタリア出身であり表向きはキリスト教だ。
表向きが着くのは、そんなに信じていないからである。

「部屋で大人しくしていて呼ばれたりするから行くかな。ラスリアさんは好きに動いていいとか言ったけど」

『探検する気が無いなんて』

「酔う」

案内によって、空間が確定しているが、それでもむやみに歩き回ると迷いそうであり、無駄に力は使いたくはなかった。
体力の面でも精神面でもだ。客室のベッドにアディシアは横になる。

『ラスリア・ユーグは神の一柱。世界と契約したことにより、世界そのものとなってしまった存在。
細かいことは調べてないけど』

リアは全てに聞かせるように告げる。アディシアはその声に寝返りを打つ。

「あたしはあたしを保てているけれど、あの人はぎりぎりみたいなんだ……」

大きな力を前にして個を保つことは難しい。世界そのものと言うと世界が体みたいで、
偉大と言うよりも昭和初期の推理作家の小説を思い出してアディシアは無表情になった。



「セイクレドか」

発掘の手を止めたヴェンツェル・バウムガルトはコウから送られてきた情報を眺めた。発掘作業をしているとは言え、
スコップで掘っているわけではなく、何人もの大人の男性の髑髏が砂漠を掘っている。
ヴェンツェルの役目は掘られたものを区分したりすることだ。
黒い太陽が浮かぶ砂漠にはヴェンツェルの他にももう一人の人間が居た。

「コウはすぐに情報を取るよね」

「アイツの役目だ」

ヴェンツェルの側にはオアシスがあり、オアシスには椰子の木がある。椰子の木の麓に座っていたのは
ルイスイ・ムシェンユイアンだ。ヴェンツェルもルイスイもウィンドウから情報を読み取っている。
頭に一気に叩き込むことも彼等には可能だが、読むことを好んでいた。
セイクレド。
それがこの世界の名前だ。創造神はラスリア・ユーグであり、区分で言うとファンタジーのような世界だ。

「天界に有幻界に冥界の三層構造。信仰は八龍信仰……」

コウは『カルヴァリア』を宿しているアディシア越しに情報を読んだようだ。
読み終わったウィンドウをルイスイは指先の操作で消している。ヴェンツェルも同じぐらいのタイミングで
ウィンドウを消した。

「東洋の龍のようなものが世界の根幹をなし、その上に彼女か」

「創造神だから」

異世界は何を持って異世界とするのかと言えば、ある世界から比べてみて違っていたら異世界だ。
彼等が昼と呼ぶ、明るい時間が黄昏のように暗かったりする世界があったとしたらそれは異世界となる。

「この世界は僕達が外に出られるかな」

「ヴェンツェルは出たいのかな。許可があれば出られるだろうけど、本体は気まぐれだし」

気まぐれで普段は好き勝手にやらせてはくれているのだが、たまに命令をしてくる。
『不死英雄』からすれば、リアは上司に当たる。逆らったりすれば消されるので彼等は命令に従う。
ヴェンツェルもルイスイも消えたくはなかった。他の『不死英雄』も恐らくはそうだろう。
反乱してリアを殺そうとしても無駄だ。その前に消される。

「オルト辺りは簡単に外には出してくれるが僕は難しい。僕の武器が問題だ」

「ヴェンツェルはある意味、ぼく達の中で一番危険だし、オルトは突貫が得意だからね」

ヴェンツェルは見た目は二十代前半の白い肌をした美青年だ。ルイスイよりも若干背は低い。
危険だと言われてヴェンツェルは息を吐いた。

『切り込み隊長ですもの』

『二人とも、礼拝堂に来てくれ。コウも来てるし、読書組二人も集まる』

別のウィンドウが開いてヴェンツェルとルイスイの会話に割り込んだ。
薄暗い空間をバックに二人に手を振ったのはオルトだ。
切り込み隊長とオルトは自分を言っているが間違ってはいない。
エルジュがオルトの隣で集合を伝えてくる。

「全員集合か。久しぶりだ……発掘の命令を整えたらそっちに向かう」

「ぼくは先に行く」

集合を拒否する理由がないため、ヴェンツェルもルイスイも受けた。
集合をするとしたらコウの居るメインブリッジと呼ばれている場所か、礼拝堂だ。
ルイスイがいつの間にか立ち上がっていて、砂漠を出るようにして歩いていく。
ヴェンツェルは軽く右手を上から下に降ると、何十体もの骸骨が現れた。
各々に鶴橋やスコップを持っている。
『カルヴァリア』には幾重もの呪詛や呪文、魔術や魔導、術、魔法などが叩き込まれている。
世界の記録を取ったり保存する術も入っていた。

「こんなものを利用しようとするヒトの気が知れない」

呟きながら、自分の役割である発掘を進めるためにヴェンツェルは内部で使える術を展開していき、
骸骨達に命令を下す。細かい命令を伝えていき、ヴェンツェルは手を止めた。
本体の声が聞こえる。

「……大層なモノだ……。人間を捨てた幻想が」

それだけを告げ、彼は手を再び動かし出した。



ロゼとヨアはセイクレドに来ても変わらずに読書をしていた。
本の塔と呼ばれている場所には塔の内部に天にまで続くような本棚が内部を支配するかのように並んでいる。
どの本棚にも本はぎっしりと詰め込まれていた。塔にはランプと木製のテーブルと椅子があり、
読書が出来るようになっている。

「……世界の情報……読んだ? ロゼ」

「手を止めて落としました」

落とした、直接情報を自分に叩き込んだらしいロゼと違い、ヨアはウィンドウを展開して読んだ。
『カルヴァリア』の内部システムはコウが作ったものである。
コウはコンピュータープログラマーのようにこの手の技術を得意としていた。『カルヴァリア』内部では、
離れたところに居る相手とはこれで会話をする。
全員が近い場所に居るとは限らないし、外時間で言うと十年ぶりに全員が揃ったなどはよくある。

「彼女の情報を知るのは本体だけみたい。本体は……」

ヨアがロゼに調べて欲しい、と言う風に聞いてくる。コウであっても深く『カルヴァリア』の状況を
調べようとはしない。恐いのだ。
自分達でもある『カルヴァリア』であるが得体が知れない。

「平穏です」

「そう。この世界、馴染むのに時間がかかりそう」

「一週間程度、すぐに終わります」

ヨアもロゼも立っている。『カルヴァリア』は元々は異世界を巡ってはそこに居る人間に契約を持ちかけて、
使い潰して殺していくというスタンスであり、アディシアもそうなのだが、いくつかの出来事が重なり、
速く使い潰されるはずがゆっくりになっている。

「わたしたちのこと、知られないかな。創造神に」

「『不死英雄』の存在は知られないように本体が隠しています。安心しなさい」

アディシアは『不死英雄』については知らない。
『カルヴァリア』を今の状態にしている導きの獣も知らない。『不死英雄』は裏方だ。

「平穏に終わるかな」

「終わると良いですね」

ヨアは争いごとは好まないが『カルヴァリア』が関わる以上は争いに巻き込まれないと言うことが少ない。
ロゼの足下に魔法陣が浮かぶ。ヨアも魔法陣に入る。
二人の姿は、本の塔から消えた。


【続く】

色々と書いていくつもりで。

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