夕方、彼らを思案する

       

伊予河野軍は詳しく言えば隠し巫女である鶴姫を育て、守護してきた者達の一段だ。
越智安成もその一員だが、のんびりとしている伊予河野軍の中でも彼は真面目な方である。越知を名乗っているが河野家の人間でもある。

(人間不信だよな……)

船で大山祇神社へと移動する中、自室で彼は中将棋を指していた。
中将棋は十二マスの正方形で構成された盤には常の将棋よりも駒が増えた将棋である。マス目は通常の将棋よりもやや、縦に長い。
一人で詰め将棋をしているわけでは無く、相手が居た。
毛利元就、中国地方の大部分を治めている毛利家の総大将である。安成の方が不利だ。
伊予は四国と中国の間をうまく行き来し、存続しなければならない。毛利とは四国を治めている長曾我部元親よりも、先に知り合っている。
安成が毛利に抱いている印象は冷酷で冷徹で人間不信だ。そうではあるが、国を動かすための判断は誤らない。

「伊予河野は安定して居るようだな」

「それは全力でやっている。鶴を守ることだって。伊予は雑賀衆やそっちの力を借りないと纏められなかったが」

「似ておるからな。安芸と伊予河野は」

始めたばかりなので思考も軽めに済ませておく。
室町幕府の権威が廃れて数十年。
地方によって状態の有無は違うが、安芸と伊予河野の場合、毛利や安成が纏めていなかったら、小さな勢力である豪族が乱立している状態だった。
ちょっと離れたところが別世界であり、例えば有る村の隣村に重罪人が逃げたとしても、引き渡すのに隣村の許可がいるという感じだ。
自分たちだけで過ごすのならば、まだいい。
大抵は移動するのだって苦労するのだ。隣村に行くだけでも数時間、離れたところなら数日であり、村民によっては村から出たことがないなんて珍しくもない。
だが、この世界には自分以外にも生きている。
自分の村が戦う気が無くても隣の村が襲ってくれば戦わなければならないし、上下関係があれば無理強いもされる。

「隣村が別世界ってことはなくなった。小勢力の乱立はほぼ終わっていて、次は纏めた勢力通しの食らいあいだ」

「日の本は現在、小康状態。豊臣、織田も動きは鈍らせている。豊臣は関東の件や周囲の敵にかかりきりではあるし、織田も似たようなものだ」

「どちらも侵略軍か」

日の本は次の段階に移行した。
自分が治めている地方で十分だと想っている者の他に日の本全てを治めようとする者が現れ、国取りの開始だ。
争いは終わらない。
そうは言っても西は平穏な方である。西の有力者達は自国の安定を目的として、積極的に他国を支配しようとはしない。
平穏を危ういが、保っている。
安成も毛利も分かる。西側がお互いに争う気は無くても、中央や東の勢力が介入してくれば争いは起きる。
日の本を統一しようとする意思を持つ者は、中央や東側にいる。織田軍、豊臣軍、武田軍、伊達軍などだ。
織田と豊臣の名を毛利が上げたのは距離的に近いのと……それでも他と比べて近いだけで在り、遠いのだが……勢いがある軍だ。
駒が持ち上げられて、盤上から排除される。
中将棋の規則として通常の将棋と違い、一度とった駒は使えない。
毛利は各地に間者を放ち、情報を集めている。
安成は獅子を動かした。
獅子は中将棋の主力である駒だ。将棋だと王将が一マス動けるのだが、獅子は二度動ける。
織田と豊臣が食い合いをすれば西というか中国地方は安泰だ。伊予も安泰ではあるが、織田軍も豊臣軍も目的は違えど日の本の征服を掲げている。
豊臣は異国との脅威に備えるために日の本を統一しようとしているし、織田は全てを灰燼にするために軍を動かしている。

「その時が来れば貴様にも働いてもらうぞ」

「分かっている。状況次第だが……。面倒だ。一つ治めたと想ったら次だとは」

「次を望まぬ者が何を言う」

「貴方もそれ以上は望んではいないようだが」

河野家は伊予一国を治めている。河野の指揮を執っているのは安成だ。安成としては一国治めるだけで手一杯である。長曾我部軍が来たときも、
さっさと傘下に入って戦闘は回避した。伊予河野の立場は毛利とつながりを持つ長曾我部傘下だが西ではどれだけの者が覚えているだろうと
安成はふと考える。
――子供の喧嘩してる四国とか言われてるしな。
元親と鶴姫の喧嘩は四国一周してどちらが早くたどり着けるかとか、つり勝負とかだ。平和ではある。
毛利も中国地方を支配できれば良いとは考えているが、尼子家を残している。壁に使うつもりなのだろう。尼子は先々代が優秀だったが当代はやや劣る。
伊予河野も毛利も日の本全てを治める天下は望まない。

「厄介だな」

「(自己完結した)毛利家の繁栄は貴方の望みだ。俺の望みは鶴姫や伊予河野を守ることではあるが」

毛利は思考が早い。
安成が厄介なのではない。それ以外が厄介なのだ。織田と豊臣が主だろう。
自分たちは望まなくても周囲が望み、攻撃を仕掛けてくればこちらも防戦をしなければならないし、戦わなければならない。毛利が仲人を動かす。
毛利は毛利家の繁栄を目的としていて自身をそのように律している。

「巫は」

「今の時間は、勉強をさせているが」

「貴様等は巫を甘やかしすぎだ」

「(それはアンタと世鬼もそうだろう)長曾我部や孫市殿もそうだが、可愛がられやすい。……大山祇に戻ったら雑賀衆を雇わないと」

鶴姫の名を出したら毛利が聞いてきた。
言わない。いえるはずが無い。
毛利はほぼ誰にでも冷徹な態度をとるが、一部揺らぐ者が居る。世鬼と呼んだ世鬼や鶴姫のことだ。毛利は鶴姫を巫と呼んでいる。
前に鶴姫が新しい巫女服がほしいと言ったら世鬼は作った。戦装束用に飾りを大量につけてた。生地は毛利が用意していたが上質なものだった。
伊予河野軍は鶴姫を自分の子供や孫のようにかわいがっているが、毛利と世鬼もそうだ。

「予言の力が狙われるか」

首肯だけする。
毛利は鶴姫の予言の厄介さについて知っている。彼女の守人である安成もだ。先見の眼を持つ鶴姫には未来が分かる。

「……人に頼まれて預言をするのならばまだいい。”声”が変わったら厄介だ」

手にとった麒麟の駒を打ったとき、毛利が強く言ってきた。
将棋ならばまだ打てる者は何人か居るが中将棋となると打てる者が限られてくる。現在、毛利の護衛をしている世鬼政定など駒が覚えられないと
盤のマス目と駒を減らすに減らしたどうぶつしょうぎを考案してもってきたぐらいだ。
あれは鶴姫もやっている。楽だが奥が深い。

「だからこそ、隠し巫女として守り続けてきたんだが……勉強をしているか。心配になってきた」

「中将棋が負けるから勝負を放り出すのではあるまいな」

毛利が駒を動かし、それが安成の盤面に不利をもたらしていた。数手先を思案するが、こちらの分が悪い。安成は毛利に将棋で勝ったことは無いのだが。
向こうは駒を削っていて、対して安成は全ての駒を使っている。

「負けるまでやるので心配なく」

安成は手を止めると、移動することにした。



伊予河野軍はいくつかの船で海を移動している。社兼船は一番大きく、鶴姫や安成の部屋もある。世鬼政定は鶴姫の自室にいた。
招かれたのだ。彼女の部屋は飾り付けがされているがどれも貰ったものばかりである。
文机が置かれていた。

「今はおっきな船を作っているんです。白雷さんが設計してくれて」

(言って良いのか。それ……)

白雷は長曾我部元親の副官だ。前に厳島に来ていたが、社に顔を出す前に細々としたことをしていた。長曾我部軍の金策係である。
赤字国家と毛利達に言われている四国だが、以前よりは稼いではいるらしい。

「海賊さんもおっきな船を作ってるらしいです。男の夢を詰めたって、だから、わたしも夢を詰めて……宵闇の羽根の方と」

「勉強はいいのか? 安成さんに怒られるだろ(設計は修正入れただろうが)」

宵闇の羽根の方は北条の忍びである風魔小太郎のことだ。鶴姫は一目惚れをしている。風魔は北条が滅亡してからは行方が知れない。
妄想世界にトリップしそうだったので政定は話題を振ると逆に鶴姫の方が政定を見てきた。

「マサ君はどんな勉強をしてるんですか」

政定は鶴姫からはマサ君と呼ばれている。名前の”まささだ”が鶴姫にとって非常に発音しづらいからだ。

「とーりょーは帰ってくるまでには太平記とか読めとか言われたけど、今の時勢について覚えとけとか」

頭領はのことで、政定にとっては育ての親のような姉のような存在だ。太平記は本で読むと古語ばっかりで分からなかったので、現実世界で漫画で読んできた。
政定は特殊能力として夢で別の自分を過ごすことが出来る。
世鬼政定はこの世界に存在しているが、寝て目覚めれば遙か別世界の未来で学生生活を送っている本体の自分と切り替わる。

「じせい、……今は戦ばかりですよね。安成が言うにはずっと戦ばかりだったと言いますけど、わたし、社でずっと過ごしましたから。西の方は安定してるってよく聞きます」

「こっちは領土安定を望んでる奴らばかりだし、下手に動いたら主に織田と豊臣に攻められるって分かるからな。長曾我部であっても戦争は出来ねえよ」

鶴姫は予知能力を持っていてそのため、社で隔離されて大事に育てられてきたことを政定は知っている。戦関系は全て安成がやってきていた。
長曾我部は異国に出たがっているようだが、日の本から離れれば豊臣や織田に蹂躙されるし、西の他の勢力とも戦争をしないのは、すればその隙を絶対に突かれるからだ。
騒動があれば介入できそうならばして、自分の勢力を伸ばすのが今の時代である。

「どうして戦ばっかりになったんですか?」

「主原因って応仁の乱だろ」

「おうにんのらん?」

鶴姫がマサ君なら知ってますよね! みたいな眼をしてくる。政定は頭を掻きつつ、説明文を脳内で組み立てる。鶴姫にも分かるように説明を考えて、

「応仁の乱って言うのは応仁さんが起こした乱で京都がちゅどーんと破壊されたせいで幕府が仕事しなくなっ……」

超高速で光属性付きの一撃が政定の頭にぶつかった。



――最後の方は、あってるといえばあっているが。
安成は眼鏡を押し上げた。どこからか取り出した采配を毛利が投擲したのだ。幕府が仕事しなくなったはあっている。
二人は鶴姫の部屋の前にいた。

「政定、貴様は馬鹿か」

「元就様、兵は駒とか言うんだから俺は勉強とかしなくても良いだろ」

倒れそうになりながらも踏みとどまり、政定は采幣を手で掴んだ。前にハタキとか呼ばれていた采幣は昔、毛利が使っていたものだ。
入って良いか? と安成は毛利も部屋に入れて良いか鶴姫に許可を取る。どうぞーと声がした。
毛利と安成は鶴姫の部屋に入る。毛利は軽く言う政定に視線をやる。

「――貴様は奴の後継者ぞ。応仁の乱については正しく覚えておるだろうな?」

「後継者争いですよね。それより前の何とかって人がおそおそまさはるしようとして失敗したのもきっ……」

政定は手を振り、自分に突きつけられそうになっていた輪刀を受け止める。
出されたのは、ハサミの片方だった。政定の身長よりも短いがそれでも長いハサミの片方、色は黒い。

「毛利さんってマサ君に対してはすっごく厳しいです」

「コイツは適度に叩いておく方がよいのだ」

毛利が政定を睨む。
政定はわざと毛利の気に触れるようにして振る舞っているというか、毛利が本当に怒らない範囲を見定めて話している。
「言ってることはあってるような、巫山戯てるからな……」

「京都が破壊された事件が応仁の乱で、応仁さんが起こしたんですか」

「応仁は年号だ。――毛利殿も政定も武器をしまってくれ。ここは鶴の部屋で、神聖な場所だ」

最初に引いたのは政定で、次が毛利だ。政定は鋏を消した。自分の武器もそうだが、政定の武器も自由に出し入れが出来る。
世鬼の次期頭領は彼なりに空気を読んで行動している。
応仁の乱とは簡単にいってしまえば将軍家の後継者争いで在り、それぞれの将軍を担いだ室町幕府の有力な家も内部争いが起きたりして、
幕府の権力はあってないようなものになってしまった。

「京は一番の都で、そこが大変だったから……」

「分かりやすく言うと我が将軍に言われて京に出かけて戦ってたら、そこに居る政定が勝手やりまくって国が荒れたのだ」

「マサ君は悪いです!!」

「例え話だからな。俺、勝手をやってとーりょーとか元就様に怒られるの嫌だし」

怖いのは世鬼の方なのだろう。
毛利の説明は鶴姫にも分かりやすいものとなっている。室町幕府には守護というその地方の管理者というものがいたのだが、応仁の乱で
二つに割れた将軍家のどちらかにつけとなったり、たまにそれ以外でも呼び出されたりして、留守になったところを他の物達にとられた。
かといって守護は弱いわけではなく、その辺りは地方差がある。

「今の将軍である足利義輝は細川家に色々任せている」

「細川ってややこしい家だったような」

「偉いが内部抗争で分裂しすぎた。今、将軍の補佐をしている細川家も傍流に過ぎんが力を持っている細川はあそこぐらいだ」

毛利の言う細川は細川輝代のところだろう。安成は面識を持つ。色々任せられている細川家ではあるが権力は弱い。
室町幕府は以前の鎌倉幕府と比べれば将軍の権力が弱い方だった。将軍が権力をとるために部下の力を使いまくって恩賞をやったら弱くなったのだ。
当時の細川家は将軍以上に権力を持っていたが、細川家も内部抗争を起こして次々と潰れた。

「将軍様ってどんな人なんですか?」

「今の将軍は十三代目で、足利義輝。俺も剣豪将軍であり、完璧らしいとしか知らないが」

姉さまとどちらか強いでしょうか」

「なんか戦ったらその辺が吹っ飛びそうだよな。とーりょー、武装を本格的に出したらそれぐらい出来るし」

鶴姫の中では強い人に入る。
十三代目将軍、足利義輝の噂は余り入ってこない。今の時勢なんて将軍なんて権力低いんだよ、自分たちの土地を支配して年貢とって国によっては天下を取るという状態だ

「世鬼は、今頃、何をしているんでしょうかね」

西でも有数の強さを誇る毛利の懐刀について安成はふと、呟いた。

「飯を作ってるんじゃ」

「料理、大好きですよね」

「アレは奴の生きがいよ」

政定も鶴姫も毛利もに関しては一つの見解を持っている。
それは料理が非常に好きであると言うことだった。



がくしゃみをしたのを左近は聞いた。
鼻を押さえている。

「誰かが噂してるんっすかね。さんの」

「心当たりはあるが――」

「賭博場の人とか。……かぐやさんは買い物に行っちまったし。かぐやさんとか」

かぐやは途中で買い物に出かけてくると左近とと別れた。今の左近はと歩いている。
これから、夜がやってくる。

「夕飯だが何が食べたい」

「作ってくれるんっすか!? そうっすね……」

賭博場で左近はかなりの当たりを引いていた。これもの加護だと想うことにする。

「……作るのは最後になるからな」

「え?」

「好きなものを作ろう」

が言葉の最初は聞き取れなかったが、好きなものを作るは聞き取れた。左近が笑みになる。

「それなら……」

左近が伝えた。が頷く。
夕暮れが、辺りを染めていた。


【続く】

4ベースとはいえ戦国創世はしなくてこんな感じという現状。終わっているイベントというか戦とかもいくつかあるんですが。戦国時代を真面目に入れるとこうなるというか何が真面目だというか
現状的には1.状況には地方差がある。 2.この話時点では何処も小康状態 3.幕府仕事してないようなしてるような 4.西は侵略軍対策で動けない ぐらいで。毛利は地方だけあれば良いよ主義

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