夜、緩慢に状況は動く

        

長曾我部元親が乗る船は九州地方へと向かっていた。
長曾我部軍は瀬戸内を拠点としている軍で有り、四国のほぼ一帯をおさめている。
元親が乗る船の他にも何隻かの船がついていた。
目的は貿易である。貿易は事故らなければ儲かるのだ。
海賊行為もすることがあるが、自分達の領域を荒らす船に対してである。

(そろそろ休むか……)

月が出ている夜、船を動かすべきか元親は思案し、休ませることに決めた。
夜の航海も出来るが、負担が大きい。
船を停め、船員達を休ませてから元親は私室に入る。私室には先客が居た。先客が酒を持ってきたので元親は飲むことにする。

「毛利と鶴の字達は大山祇か。世鬼の奴が心配なんだろうが、アイツ、昔に本多忠勝を鎮めたことがあるのによ」

「懐いたらしい犬が心配なんだろ。……本多と言えば、元親。徳川家康、徳川軍につきたいと想っているのか?」

船内にある元親の私室で向かい合い、赤い杯に酒を継いで飲んでいるのは元親と彼の副官である白雷だ。
白雷が赤字解消に努力をしているため、元親はいっそうからくりのために金を使うようになった。
国内の整備も行っているが、その辺りは四国に残した家臣に任せている。
話題は毛利家の主である毛利元就の副官、世鬼の話題になりそうだったが、家康の話題となった。
徳川家康は関東にある徳川家の主であり、小田原での戦までは豊臣軍の配下だったが、裏切り、独立した。
関東の徳川と四国の長曾我部では非常に距離があるが、縁がある。

「家康の手伝いをしたいってのはあるが、四国は開けられねえし、下手な動きしたら面倒だからよ。異国に飛び出せるのはいつになるやら……」

「下手な動きの方は賛成だ。四国についてはもっと周囲が安定して、任せられる者が居れば良いが」

「オメエには副官をしてほしいし、安成は一国で手一杯だとか言うし」

安成は伊予河野軍の越智安成のことだ。前に異国に出るとしたら四国を任せたいと言ったら無理だと言ってきた。
長曾我部軍に所属する者は知っているし、西の面々も知っているが、元親は異国の海に出たがっている。

「九州を巡り終えたら、紀州方面に行くべきかも知れん。その時には状況も変わっているだろうが」

「サヤカのとこだな。アイツにも聞きたかったんだよ。新しい船の火力について!! ……状況も聞くから睨むなよ」

サヤカは三代目、雑賀孫市のことだ。雑賀孫市は襲名式となっていて、現在の孫市は女性である。
元親とは古い付き合いがあった。

「徳川軍に着いたら着いたで毛利が煩そうだ。毛利は天下を狙う気がなく安芸が安定しているから今の状態だ」

「崩れる可能性もあるってことか」

「安芸に手を出さないとか言われれば状況次第で敵にも回るだろう。……豊臣や織田は京にかかりきりではあるが、攻めてくるとしたらこの二つだな」

元親も天下には興味はないが天下の情勢は把握しておかなければならない。白雷の言葉に耳を傾けていた。
毛利とは付き合いが長いが最初は天敵通しで今は緩和されている状態だ。敵対して争い続けたら豊臣軍や織田軍と言った侵略者に攻撃されて被害が拡大するため、
休戦状態になっている。
他の可能性もあるけど、と白雷は付け足すが、出たところ勝負をするか、考えられるだけの可能性を想定して準備をするしかない。

「かかりきりって、何処も手に入れてないんだよな。京」

「細川家が管理をしているし、将軍も居ることには居るが、動きがない」

勢力争いが続く中、織田と豊臣が抜きんでているが互いに争い合っていたりして、他の勢力も含めて、天下を取るには遠い。
細川家は京を安定させてからは動く気配を見せない。侵略に対処をしている状態だ。
将軍について元親は考え込む。

「どんな奴なんだろうな。偉いんだろう」

「剣豪将軍とか噂では聞くが……天宮の先代当主とどちらが強いか」

「サヤカが滅茶苦茶世話になったっつー、アイツか。暗殺されたとか言う。……先代?」

紀州は独立した勢力の寄り集まりだったが、現在では雑賀衆と天宮家に二分されている。天宮は神官の家系だったが、この時代に勢力を伸ばした。
雑賀衆とは同盟を組んでいる。
先代と問われて白雷は説明を付け足した。

「小田原の戦いが行われていた頃に暗殺されたらしい。こっち、紀州の貿易は雑賀衆とやってるからな。有名だぞ。”紀州の英雄”」

らしいと曖昧なのは白雷も裏付けを取っていないのだろう。

「紀州も本願寺と織田信長……織田軍のせいでえらい目にあったんだよな。二代目の孫市もそれで死んだし」

元親が暗い表情を浮かべた。
白雷は無言も無言で飲む。
かなり前に本願寺が織田軍によって滅ぼされた。本願寺の総本山の信仰は独特であったが、末端は純粋に南無阿弥陀仏を信仰していれば仏様が助けてくれる。
ぐらいの信仰だった。
みんな殺された。
紀伊半島が壊滅状態に陥りそうだったがそれをすんでの所とで止めたのは天宮家である。天宮家の先代当主が主だって対抗した。
元親や白雷が黙ったのは紀伊半島の戦には彼らも関わっていたからだ。毛利軍や伊予河野軍の安成もそうである。
二代目の雑賀孫市は本願寺に雇われた傭兵として雑賀衆で戦い死んでいる。人員が死に滅びかけた雑賀衆を守ったのも天宮だ。
織田軍の侵略行為は皆殺しに近い。

「良い奴だったよ。先代の雑賀孫市は貿易とかで西にもよく来ていたし」

それについては元親も同意する。貿易名目で雑賀衆は長曾我部や伊予河野、毛利などとも付き合いがあったのだ。



越智安成は甲板に座り、月を眺めていた。
傍らには盃と菊酒、健康にいいと造ったものだ。菊を浸した水で仕込んだ酒である。
鶴姫も寝てしまっているし、船は停めている。伊予河野は毛利と長曾我部と繋がりを持ち、両者の間に挟まれている。思案してみたが、毛利の用事を果たす方が多い。
毛利は周辺を小早川、尼子と囲まれているが尼子を生かしているのは壁や仮想敵、小早川家については完全に壁兼暗な豊臣方との戦場だ。
直接戦闘意外にも戦い方はある。

「一人酒です?」

話しかけられた。安成の前に少年が立っている。世鬼政定、世鬼忍軍の後継者だ。安成はとは長い付き合いがあるが、政定とはさほど会話をしていない。

「毛利殿のところについていなくてもいいのか」

「あの人は寝たんで。奇襲されても応対は出来るし。姫神社に行くのは久しぶりだしさ」

「正式名は大山祇だからな。鶴姫から姫神社って呼んでるみたいだが」

大山祇神社は四国でも有数の神社だ。安成はそこの宮司でもあった。
毛利がとも待ち合わせ場所に指定したのがそこである。毛利は普段厳島神社から動かないというのは知られていることだ。
本拠地の城は吉田郡山城になる。

「祭っているのはサクヤだっけ」

「……の、親父だ。オオヤマヅミ。神の名前だ。イザナギとイザナミの息子で、山海を司る。酒の神でもあり、戦の神でもある」

「酒は元就様は余り飲まないし、菊酒と甘酒なら、かろうじて飲むけど」

(……身内が酒で死んだからな……)

酒は少々たしなむならば良いが、やることがなかったり、どうしようもないことがあった場合の逃避先としても使えてしまう。
毛利の父親は酒の飲み過ぎで死んでいた。安成がそのことを知っているのは聞いたことがあるからである。
安成は酒をたしなむ程度だ。

「とーりょーが菊酒を仕込んでて、説明聞いたオレが養命酒かジジイみたいとか話したら無言で輪刀だったし」

「養命酒は知らんが、ジジイで引っかかったんだろう」

政定は軽い。
甲斐の忍びとにているが、アレは意図的にしている気がする。こちらもそうかも知れないが。
毛利に対して年の話題は禁句だ。
安成もいい年ではある。

「休みを貰うときは一気に貰うけどあの人もオレも戦忍びに近いし」

「そっちはそっちで諜報専門の忍びは居るからな。アイツが居る戦も起きるかも知れない」

「起きるだろうじゃなく?」

「周囲の動き次第だ」

戦忍びは戦専門の忍びだ。各地で情報を集める忍びや偽情報を流す忍びも居る。政定にしろにしろどちらも出来るが得意分野があると
言ったところだ。諜報専門や情報各欄の忍びについては戦闘能力よりもいかにその土地に溶け込んで目立たず、
情報を集められるかと言ったところが、主眼に置かれる。
安成の認識としてはは毛利軍の切り札だ。兵士も重要ではあるが、一騎当千が出来る者が一人でも居ると、戦況が大幅に変わる。

「鶴姫の預言でもわかんないのか」

「あれは不定期預言だ」

盃の菊酒を飲む。今回は良い仕込み具合だ。

「……預言って言えば小田原の戦いがあったころ、そっちが来て、とーりょーと元就様がどっかに出かけたのがあったんだよな……。
一日で帰ってきたけど……何か知りません」

「知らん。というか大山祇で動きがあったが触れたくない。触れるところを間違えたらあの二人、確実に屠ってくる」

「地雷を踏んだら終わりな感じなのは知ってる」

小田原の戦いが関東で行われていた頃、西はというと平和な方だった。
安成は毛利元就と世鬼との付き合いで知っているが、聞くことを上手く聞いたりしないと攻撃される。安成は政定に話を振られて考えた。
鶴姫が厳島神社を訪れたがり、船で向かって、厳島にいる毛利達に挨拶して、一晩泊まって――。
思考を纏めたら、気になることが出てきた。安成は気配を探る。
この場には自分と政定しか居ない。

「お前、厳島の方を調べたほうが良いかもしれない。散歩はするんだろう」

「ちょくちょく、備前とか九州とかもだけど」

「しっかり調べろ」

一つ、思い当たるフシがあった。

「このことについては共犯ね」

滞在は一日だけだったが、その後ぐらいだ。
紀州の一部や志摩全域などを天宮の当主が暗殺されたと言うことを聞いたのは。

(……関わって、いるのか……?)

今はもう先代当主となってしまった人物と安成は親しい方だったし、毛利と世鬼もそうだった。安成は酒を飲み干す。
気にしないようにしていたことが、気になってしまっていた。



島左近が寝ている。
御巫と名乗っている世鬼は打ち掛けをかけた。掛け布団代わりに使っているものだ。滞在している神社の社には寝てしまった左近と自分と
もう一人……もしくは二人、居た。

「寝てるわね。アンタの食事が美味しかったから? 最後の晩餐なのにね」

「菊酒に薬を盛ったからな。よく眠れる」

「睡眠薬? ……言ってくれたら、私、術式を使ってあげたわよ。睡眠薬って、自分に使って飲んでるの?」

「使ってない。かぐやの方は大人しかったな」

最初の声は堅いが、応対した次の声は柔らかい。菊酒の入った盃を両手で持ち、微笑んでいるのは細川輝代だ。かぐやという人格も持つ。
輝代とかぐや、二人は仲が良い。

「清興は輝代の方をかぐやって思ってるもの。コイツ、ボコられたところを前田慶次に助けられて、こっちに運ばれてきたのよ」

「京か」

「応仁の乱の跡地ね」

かぐやの方が話す。
応仁の乱は京で起きた戦だ。室町幕府の六代目の将軍が暗殺されて、七代目は十歳で死亡、八代目の方で揉めて乱がいくつか起きたのだが、
そのうちの一つが応仁の乱だ。東軍と西軍で十年は戦っていた。
京は細川家が、輝代が地道にかつてのように治しているが完全には治っていない。は左近の寝息を聞いた。よく寝ていた。
薬を盛るのは悪かったのだが、左近が帰りたがらなかったので寝かせた。

「……清興が帰らなかったのは、アンタが明日には旅立つからとか言ったせいよ?」

「左近と呼んでやれ。連絡が来たんだから帰る」

「その時は私も連れて行ってね。一人ぐらいなら運べるんでしょうし」

輝代に切り替わった。は首肯する。

「分かった。……左近は誰に倒されたんだ?」

の移動手段ならば一人ならば簡単に運べるし二人は少し苦労する。疑問を聞くと輝代が答える。

「天宮の先代当主ね。京に散歩に来ていたみたい」

「……散歩か」

「亡くなったのよのね。あの人。将軍様の弟弟子で、将軍様、戦いたがってたけど」

ろうそくの明かりが点る中、と輝代は向かい合っている。

「将軍は強いのか」

「強いわね。織田信長に勝ったもの、紀州の時にぶつけたし」

紀州についてはも輝代も関わっている。織田軍が紀州を壊滅させたら、次に狙われるのは西や京の恐れがあったからだ。
あの戦いの最中に豊臣軍が現れたり、雑賀衆が滅びかけたりした。

(毛利は兵糧を運ぶ振りをして様子見だった)

本願寺の主である顕如から金は出すから兵糧としてコメを運べなんて言われて主の毛利は思案後、ぎりぎりまで運ぶ振りをして待機とかしていた。
判断は毛利としてみれば正解だった。本願寺は一気に織田軍によって滅ぼされた。
紅蓮に焼けた寺と焼死した民や雑賀衆の者、今は先代になってしまった孫市から、今の孫市を託されたりもした。

「今の天宮って」

「……先代天宮当主の二番目の妹が継いでいる。一番目の妹は先代と共に暗殺されたし」

「暗殺は正面から戦っても勝てない相手に対する最終手段ね」

「手段だな」

左近が寝返りを打つ。

「駄目ッス……有り金全部、賭け……とめないでください。さん……」

「夢にまで出てるわよ。貴方」

「賭けるな。左近」

考えた末には左近に触れた。しばらく触れ続けると、左近が再び寝息を立てだした。



月が出ていた。

「元、就さま……」

深い深い森の中で、彼女は死にそうになっていた。元就は彼女を見下ろす。
英雄と呼ばれた。彼女を。

「もうよい」

言葉を突き刺した。
向こうで対峙している自分の影と彼女を殺そうとした者には目もくれず。
彼女に告げるべき言葉を、告げる。

「お前は――」



朝日が出ていた。
泊まっていた船が動く。毛利元就が甲板に出ると甲板で舞っている少女が居た。伊予河野軍の巫女姫、鶴姫だ。

「おはようございますっ。今日も良い天気ですよ。毛利さんっ」

「……神楽か」

「はい。神様に奉納は大事なんですよ☆ 安成はまだ寝てるので会いました。で起こしましょうか?」

「勝手に起きてくるわ」

会いました。は矢を放つものだ。矢を放っても起こすのも良いかもしれないがあのメガネは自力で起きてくる。

「おはよーございます。さすが、早いですね。元就様」

「護衛が遅いとはどういうことぞ」

「眠かったんで。……機嫌が悪いけど嫌な夢でも?」

は元就が言って欲しくないことは言わないが政定は言ってくる。わざとしているのか、知らないのかは不明だ。
鶴姫が両手を合わせて音を立てた。
柏手のようだ。

「それならぱーっと禊しちゃいます。姉さまに会うんですもん。毛利さんが落ち込んだりしていたら姉さまが悲しみます」

「とーりょー、今頃出発ですかね」

「大山祇に着けば会えるわ」

「今日も船は大山祇に向かいますよー」

鶴姫の晴れやかな声がする。安成が眠そうに甲板に出てくる気配がした。
元就は日輪を眺める。
今日も照らす日輪は、元就の鬱屈した気分を晴らす。

(……犬か)

預言で出た犬について浮かべ、元就は不快そうに眉を上げた。


【Fin】

状況説明回2というか、4だとキャラ逆算するとコレとか終わってみたいなのともいう。輝代とかぐやは二重人格だが皇発売で驚いたよ千利休。

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