熱の鎖

        
「……緑くん?」

黒子が自分のことを呼びかけたのだと緑間真太郎が気がついたのは教室の掃除をしている時だった。
机を移動させて前を履いてから机を戻そうとしていたのだが緑間はそのまま立っていたらしい。

「みどりま、くん……体調……悪いの?」

「そんなことはないのだよ。……俺は健康体だ」

辿々しく話してきたのは同じクラスのだ。は緑間やと一緒の班になることが多い。
クラスで班を決めると緑間とは余ってしまう方なのでが何人かを引っ張って班を作っていた。
机を移動させる。
次の机を移動させようとした緑間だったが、額に冷たい手が当たっていた。

「! !!」

「熱いじゃない……。風邪を引いていて熱があるんだって」

が背伸びをして緑間の額に手を当てていた。そのことに緑間が気付いたのも遅い。

「か、風邪?」

「みたい。帰らないと」

「今日は紅白戦で一軍の試合があるのだよ。休むわけには……」

が困ったように慌てているがその様子が緑間には見えない。ゴミ捨てから戻ってきた他のクラスメイトや掃除が終わって
他の場所から帰ってきたクラスメイトが教室の様子を遠巻きに眺めていた。
緑間は帝光中のバスケットボール部に所属している。全国一とも言われている強さのバスケット部の一員で、
『キセキの世代』と呼ばれている十年に一人の逸材の一人だ。
一軍の紅白戦は試合の時に背負う背番号の入れ替えにも関わってくる。

「帰るの! 体勢を崩されない限り、いくらシュートが入るからって。今の緑君じゃ本調子は出せないわ」

「無理は、良くないよ……」

。赤司やみんなに緑くんを送っていくって言って、部活は休みよ。緑くん。私は送り次第行くって」

「う、うん。。伝えておくね……緑間くん、お大事に……」

のあだ名だ。
は緑間の机から手早く筆記用具と教科書を詰める。が緑間を見上げるが緑間は苦しそうに息をしていた。

「ブルーにチャリアカーを引っ張らせるべきかしら……」

「……駄目!! それ……ドナドナ……みたいっ」

……」

ブルー……バスケットボール部の一員であり『キセキの世代』の一人である青峰大輝にチャリ……自転車とリアカーを
あわせたチャリアカーを引かせて緑間を運ぶべきかとは考えたがに却下された。
却下内容はずれたものであったため、緑間は咳払いでつっこみを入れていたが。
帰宅準備をが整えて、伝言をに頼み緑間はと共に帰路に着いた。に手を引かれている状態だ。

「このところ、天気がおかしかったからそのせいかな」

「今日のおは朝の占いが……十位だったのだよ……ラッキーアイテムは手ぬぐいだ」

「手ぬぐいで汗……拭っておくから」

(……手に来る感触はのものか……)

掃除が終わるよりも先に学校を出たので帰路には生徒はほぼ居ない。
は緑間の鞄につめた白い手ぬぐいで緑間の首の汗を拭う。は手を緑間の左手と繋いでいた。
緑間の家の位置はは大雑把だが知っている。自分の手をが握っていると想うと緑間の体温が上がっていく。

「咳、出ているわね……」

教師に車を出して貰う手もあったが、保険医も担任も居なかった。
緑間の体調を気遣いは緑間家へとゆっくり向かう。緑間も咳が多くなっていった。十五分ほどしてから緑間家に辿り着く。
家は一軒家だ。

「……家に誰も居ないのか……鍵が……」

ドアに手をかけてみるが開かないため、緑間は鞄から鍵を出して家の扉を開ける。
人の気配がしなかった。玄関のすぐ前にはメモが置いてあり、夜八時ぐらいまで帰らないと母親のメモが置いてあった。
近所の友達と劇を見に行ったらしい。

「お邪魔します。部屋は二階? アイスノンとか借りるから」

の声を緑間は首肯する。
靴を脱いで、鞄を放り投げて緑間は階段を上っていく。は靴を脱ぐと緑間を看病するための道具を探し始めた。



「…………ミドチンが風邪を引いたから看病に行ったの……?」

「そ、そう。看病が終わったら戻るから、知らせてって……」

の前には二メートルほどの身長をした男が立っていた。
『キセキの世代』の一人である紫原敦である。が赤司征十郎を探していたところ、紫原と逢い状況を伝えると
見下ろして睨んできた。の肩に手を置いている。

「放っておいても死なないのに……」

「でも、体調治すの……大事、……試合……とか」

「試合は別に一人いなくても」

紫原は明らかに苛々していた。
は知っている。紫原はのことが好きなのだ。緑間ものことが好きである。
緑間の体調不良は酷いものだったから、抜け駆けのようなものは出来ないだろうが、
看病に行ったと言うことが気に入らないのだ。そこに別の人物が現れた。

「そう言うな。敦。バスケは五人いるんだ。僕たちに追いつける奴なんて僕たちぐらいだ。、敦が迷惑かけたね」

「……赤司、くん」

「話は聞いたよ。はとても優しいから、――大輝以外には」

皮肉混じりに呟いたのはが探していた赤司だった。紫原の雰囲気が緩む。
赤司は帝光バスケットボール部の主将であり、『キセキの世代』のトップでもある。

「赤ちん」

「今日の紅白戦、勝った方が真太郎の見舞いに行くぞ。そう言ったらテツヤもやる気になってた」

「……黒、子くん……? そうだ。紅白戦、緑間君、出られないけど……」

「実力がありすぎるんだ。紅白戦は抜けても問題は無い」

黒子こと黒子テツヤはの双子の兄である。影が非常に薄いことで有名だ。影の薄さを利用してパスを回すため、
『幻の六人目』と言われている。

「真太郎をからかいに行けると大輝や涼太がやる気だ。テツヤも妹が心配だとかで」

「おれも頑張って見舞いに行くのね。が心配」

「……みんな……お見舞い……するの……」

――緑間くんだよ、とは言おうとしたが赤司も紫原も聞いていない。は不安になった。



ベッドに倒れ込みながら制服の上着を脱いでネクタイを緩めてボタンを緩めたところまでは緑間は記憶しているが、
後は意識が深く寝てしまって、覚えていない。
目を開けると部屋の温度が整えられていて、枕の上にはタオルで巻かれたアイスノンが置かれていて、
頭には絞った濡れタオル、眼鏡は外されていた。

「起きた? 緑くん。水分取る?」

……水分が……欲しいのだよ」

緑間は上半身を起こす。がコップに入れたスポーツドクを差し出してくれたので手探りで受け取り、
ゆっくりと飲み干す。体に水分が補充されていく。緑間は側に置いてある眼鏡をかけた。
眼鏡がないと緑間は周囲の判別が出来ない。もそれを知っているので、緑間が眼鏡が無くても、
コップが取れるように気遣ったりしていた。

「体調酷かったみたいね。色々探して部屋に来たら死んだみたいに倒れてたもの」

「……何から何まですまない…………看病まで」

「一人の寂しさって解るし、私には、お兄ちゃんが居たけど……おかゆとポトフ、作ったよ」

矛盾していることをは言っているが緑間には思い当たるところがあった。
黒子兄妹の両親は不在ばかりで体調不良を起こしたらどちらかが看病をするしかない。
が丼とスープの器を出した。
冷蔵庫の中身を勝手に借りちゃった、とは言う。
スプーンで緑間はおかゆを一口食べて、ポトフも食べてみた。どちらも胃に優しく作ってある。
吐き気はまだなかったのでどちらも食べられそうだ。風邪の時は胃も弱る。

「味、美味しい?」

「美味いのだよ。お前は料理上手だ」

「ご飯食べ終わったら体温計って、薬を飲んで……危険だったら救急車を呼ぶから」

「救急車は呼ばなくても寝ていれば治るはずだ」

はブレザーの上着を脱いでいた。残さないようにして緑間は食べる。救急車というのは大げさである気はしたが、
本気で心配してくれているのだろう。

「終わったら帰るね。部活、ほったらかしだし」

「……帰る……のか……」

「帰るつもりで鞄も置き去りにしてきたのよ」

手ぶらでは来ていた。ポケットにハンカチや小銭が入って居るぐらいだ。帝光中に鞄一式が置かれていて、
引き取りに戻らなければいけないようだ。
緑間は食べ終わり、沈黙する。
に側に居て欲しかった。寂しいと思う気持ちもあるがそれよりも上回っているのがのことが好きで
共にいたいのだ。
占いのラッキーアイテムである手ぬぐいを思い浮かべつつ……縋るものがそれぐらいしかなかったので……
緑間はの方を向いて言葉を絞り出した。

「……母が帰ってくるまでで……良い。側に、居てくれないか…………恥ずかしいが……心細いのだよ」

心細いなんて言えば、笑われるかも知れない。
事実、他の面子が居れば笑われるだろう。心細いは言い訳であり、事実でもある。はベッドの側で座っていたが
やがて、微笑んだ。

「解った。……寂しいもんね……横にいるから」

「今日の占いが十位で……水瓶座が側にいると運気が上がるのだ」

「……緑くんは占いに左右されない方が……でも占いと言えば緑くんだしね」

……」

おは朝の占いでは水瓶座は八位だったし、かに座の側にみずがめ座が居ても運が上がるとは言っていない。
嘘ではあったがは気がつかずに側に居る、と言う意味を込めて笑う。は朝が遅いために占いなんて
何も見ていないのだ。

「元気になってね」

「お前のお陰で治りも早いのだよ。礼は……買い物に付き合うとかしか出来ないが」

「買い物? 付き合ってくれるなら嬉しいな」

が洗面器にタオルを浸して絞っている。
眠りたくはないと緑間は感じた。が側に居る時間を過ごせるだけ過ごしたかった。


【Fin】

以前の話よりは直してあります、友人の口調やら色々と。大筋は変わってませんが。中学三年の頃の話。

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