それを恋だと定義する

        
島左近が目を開けると、見慣れてしまった顔があった。

「起きたか」

「え? あ……あれ? さん!!」

ここは神社の社の中だ。
左近は御巫の膝の上に頭を乗せられていた。膝枕と言う奴だ。左近は飛び起きた。
身軽である左近は素早くと距離を取ってしまう。は正座をしたままだ。

「私が祝詞を書き写していたらお前が入ってきて倒れた。食事はしているようだったが……」

向こうには文机が出されていて、半ば文字で埋まった和紙が広げられている。はこの神社で巫女をしている。
は左近に視線を合わせてきた。心配をしている眼だ。

「気分が悪かったんっすよ。俺の周辺、澱んでるっつーか」

「……話に聞くと大谷殿が怖いらしいが……」

「あの人のとは違う。ねとーっとした。嫉妬とかなんっすけど、刑部さんの寄りも暗くなくて黒い? 
前はそこまで感じなかったんっすけど」

曖昧すぎる言い回しだ。
左近は左近と名乗る前から、人では無いモノが見えたり、人の気持ちを気配として強く感じ取ってしまう。
性質と言うべきか、幼い頃からそうだった。は左近の性質を知っている。左近が前に話したのだ。
午前中は何とかやれたのだが、途中で駄目になり、左近は逃げるようにこの神社へと来てしまった。
回想をしてみれば、耐えられなくなったが、大坂城では倒れられず、の所に来たのだ。

「お前の周囲で変わったことはなかったのか」

「変わったこと……。三成様が佐和山城の主になるんっす。で、俺も左近隊を率いることになりました」

三成は石田三成、左近が所属をしている石田軍の大元である豊臣軍の主、豊臣秀吉の左腕だ。

「石田軍は豊臣軍の別働隊みたいなもので、石田殿はその主、――出世したな。左近も」

左近も隊を率いることになった。
が自分のことのように喜んで笑う。左近は大きく頷いた。
彼女と出会って一月ほどが経過しているが、仮に七日あるなら五日は逢いに来ている。

「あそこ、重要な城らしいんで」

「佐和山城がある近辺は鎌倉時代から交通の要所だ。豊臣秀吉殿の左腕である石田殿が守るのは当然か」

「……そのことが発表されてからっすかね。黒いのが強くなったの。三成様への嫉妬か……」

「話に寄れば、石田殿は性格の問題で敵が多いらしいが」

「多いっすね」

左近は言い切る。
敵は外だけではなく、内にも居る。三成は性格が真っ直ぐすぎるし、怒りもぶつけやすいので、敵ばかりだ。

「登城はいつごろだ」

「もうちょいで、三成様は大坂城に居たがってますけど、刑部さんとかが説得してます。でもあの人の足の速さなら、
佐和山から大阪も直ぐなような」

「直ぐだろうが、主が出歩くのは良くないんじゃないか。……それと、石田殿、城を収められるのか」

が聞いてくる。
一介の武将で城を収めるというのは、周辺の土地から税を集めたり、治安を守ったりとしなければならない。

「……城を収めるのって難しいっすか」

「民を生かさず殺さずと聞いている。やりすぎれば反発されるし、かと言って民の言葉を聞き過ぎるのも良くはないと」

軍を動かそうにも食料や金はいる。何処から出してくるのかと言えば国によっては貿易もあるが、民から税として取り上げたり、
強制的に取り上げることもある。左近は考え込む。

「その辺は頭のいい人に任せて、目先の問題か。黒いの、何とかしないと。アレ、三成様を狙ってるような」

「大谷殿とかは何か言っていないのか」

「佐和山城のことで忙しくて」

が立ち上がると左近に近付き、手を伸ばす。軽く彼女は髪の毛に触れた。

「意気込むのは良いが、無理をしすぎるな。倒れたりしたら、皆が心配する」

触れられると、気分が晴れる。
綺麗になると表現すればいいのだろうか。前にそのことを聞いてみたら、神社に住んでるから禊ぎが身についているのかもな、と
返された。

「……さんも心配してくれます?」

「当たり前だ」

「――当たり前か」

左近はの言葉を噛みしめるようにして、反すうした。左近はに抱きついた。が受け止めている。

「重い」

「すっげー、嬉しいんで」

「石田殿は佐和山の城主となることで心が揺れている。お前が気を使ってやれ」

揺れているというのは敬愛する秀吉や半兵衛の側に居られないことだろう。二人の命ならばどんなことでも、
三成は従うだろうが、離れることは嫌なのだ。
佐和山城の主になることを外も内側も良くは想わないだろう。豊臣は敵だらけだし、三成も敵ばかりだ。
抱きついた左近の頭をが軽く触れていた。
は左近よりも若干身長が低い。勢いで抱きついてしまった左近だが、熱が高まるのを感じる。

(……こういうの)

相談にも乗ってくれるし、側に居ると安らぐし、落ち着く。知らないことも教えてくれるし、
料理だって上手いし、優しく出迎えてくれるし、良いところばかりが浮かんで悪いところを考えるよりも、
ここにが居て、話してくれて、自分を助けてくれて、それより他にも、色々と。もっと。

「左近?」

さん、良かったら、俺と――」

こんがらがっていく気持ちのままに佐和山城に来てくれないか、と言いそうになってしまった左近だが、
がそっと左近を離した。
混乱する中、音がする。

「――貴様は誰だ」

「三成様!?」

左近が振り向く。左手に刀を持った三成が居た。貴様、とはのことだろう。
と三成を左近は交互に見てしまう。

「私は御巫。この神社の主だ。島殿とは知り合いで、彼が疲れているようだったから、休ませていたのだが、
良くなかっただろうか?」

凛とした様子では三成に事情を話した。

「疲れていただと!? 左近!! 貴様、何故それを言わない!!」

「怒らないで下さいよ!!」

「彼の相談に乗っていたのだが、隊を率いると言うし、気負いがあったのかも知れない。それに、佐和山城のことで、
大谷殿も根を詰めていると言うから、気がつく左近だ。それがうつ……」

「刑部……無理をするなと、!!」

「すんません。さん、なんか会話が通じてない感じで」

会話になっているような、なっていないような状態だ。
左近が疲れていて大谷も疲れていると言うのが、三成の心を占めているのだろう。

「行くぞ。左近。刑部もそうだが、お前も休ませなければ。拒否は許可しない!!」

「三成様、今、行くんで……!!」

「忙しいのならば大谷殿達と相談するようにな。気分が悪い原因も、対策が取れるかも知れない」

三成が引っ張るようにして左近を連れ去っていく。左近はそのままに頭を下げると社を出た。



御巫を偽名としている本名、世鬼は二人が出ていったのを見送ってから、伸びをする。
巫女は副業であり、本業は安芸の主、毛利元就の忍びである。すぐさま手紙をしたためて、主である毛利に報告はしておく。
大坂城にはなっている間者がすでに報告をしていようが、としても言っておく。

「……身内だろうな」

石田三成が狙われていると仮定して、相手は誰かと言えば外のものではなく内側だ。
豊臣軍は東の織田軍と今は睨み合っていて、西に位置する毛利は豊臣は緩い警戒をしている状態だ。
の後継者である政定からの手紙に寄れば大谷に離反の書簡とか送ってみたらしいが効果は無さそうである。
毛利としては暗殺よりもまず離反を仕掛けてみるところだが、石田は絶対に離反しないだろう。忠実すぎる。
かと言って毛利は石田を殺す利点は今のところはない。豊臣には織田軍の壁になってもらわないとならないのだ。
毛利は防御派で積極的に攻撃は仕掛けない。

「しかし、左近は鶴姫みたいだ」

伊予河野の隠し巫女であり、自身が妹のように可愛がっている少女のことを思い浮かべる。
鶴姫も疲れたりしたときはに抱きついたり膝枕を頼んで来ていた。は左近と鶴姫を同位としている。
弟や妹のような存在だ。は妹が居たが死んでいる。
左近と出会ったときに彼から情報を搾り取ろうとしたが、予想以上に馬鹿な面があり止めて聞けたらいいやぐらいにしていた。

「俺と、なんだったんだろうな……鉄火場にでも行けとか」

――鉄火場、好きだからな。左近。
は微笑んでから、毛利に送るための書状を先に仕上げてしまうことにした。



同時刻。

姉さまに犬が凄く懐いているんですけどなんだか、顔を舐めまくって首がぶっ、とかしそうです」

伊予河野の隠し巫女はたまたま厳島神社により、言われた通りに先見をしてから見えた光景を告げた。

「元就様、俺なんか嫌な予感がする」

後継者は主に向かい言う。

「アイツ、結婚とか捨ててるよな」

たまたま来てしまっていた西海の鬼は何かを察知した。

「……世鬼政定を後継者としているんだし、結婚とか良いだろうから忍者やるって奴だろう」

隠し巫女の守人は話題の本人についてを話、の主は告げた。

「――誰か奴を連れ戻してこい」


【Fin】

鶴姫の守人はオリ武将で越知安成。世鬼政定もそうですが実在していた武将でこっち設定入ってます。


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