「、はしゃいだら危ないですよ」
ローマ国立博物館にて、高遠遙一は・クローバミアが受付に走り出そうとするのを止めた。
マジシャンの修行で訪れたイタリアで高遠は三年は過ごした。それはも似たようなものだし、隣にいる彼女もそうだ。
「カフェじゃなくて美術館が優先?」
「――を優先するに決まっているじゃないですか」
雪平が言うが、高遠ははねのける。彼女は余り美術品に興味を持たない。
高遠はデジタルカメラを手に持っていた。イタリアの美術館は撮影可能なものばかりだ。が大人しく待っていたのを見て、を促す。
ローマは掘れば遺跡が出てくる都市だ。
地下鉄の工事だって遺跡が出てきたで中断をすることは珍しくはない。
「学術ツアーに参加しないことには三階の展示品が見られないそうです」
「それなら参加する」
「面倒よね。その手のツアー」
高遠が伝えるとは嬉々として、は渋々参加することにしていた。三人で行動をするときはの発言が優先されている。
参加することを伝えるとイタリア語でこの時間までにはここに来いと言われた。それまではローマ国立博物館のマッシモ宮の一階と二階を見学することにする。
国立博物館は規模が大きい。
入り口には両腕のない小さな生首を下げた女神の像が置かれていた。
「ミネルヴァ」
「趣味が悪い女ね」
「アテネのことですよ。戦いの女神です」
ミネルヴァはローマ神話での名で、ギリシャ神話だとアテナになる。中庭にも出られるが一階は彫刻フロアーで有り、何種類もの彫刻が置かれていた。
「……アテネってゼウスの頭をかち割ったら産まれた女神よね」
「そうだよ。アポロドーロスが言うにはゼウスの頭の中で成長したって」
「アポトーシス?」
「細胞が死んでどうするんですか。……頭を斧で割ったら成長したアテネが出たんですよ」
イタリア語で解説が書かれていたので高遠は読んでみる。会話では日本語を使ったりしているが、三人での会話は英語でもイタリア語でも可能だ。
ゼウスは父親から王権を簒奪したのだが、予言により最初の妻との子供は最初は母似のいい娘が産まれ、次はろくでもない息子が産まれるだろうとあった。
禍根を断つためにゼウスは最初の妻である妊娠したままのメティスを呑み込んだ。
高遠が思い出しているときにがそのことをに話していた。
「呑み込むとか、殺すよりはいいんだろうけど……呑み込むか」
「丸呑み」
「ゼウス以前、王権を簒奪されるとか想ったので父親の方も子供を呑み込んだりしてるので、親子、揃ってですよ」
「ピンクの生き物を思い出すわ」
高遠がギリシャ神話に詳しいのはの実家であるクローバミア家にあった本を読んだからだ。ピンクの生き物というと高遠も日本にいたときに見たことがある
アレだろうか、吸い込みで食べ物を吸い上げたり吸った敵を呑み込んで能力をコピーするアレか。
「アテネはね。戦いの女神で、知恵とか芸術とか工芸の女神で、気も荒いんだよ。メデューサはアテネに勝負を挑んで醜くされたの。都市の守護女神で、アレスと違って……」
「雪平さんに解説をするのはいいですが彼女は聞かないので次に行きましょう。次」
「聞くわよ」
話そうとするの背中を高遠が押して、を促す。
次の展示品のところに移動した。
「詳しい子供だって注目されます。平日とはいえ、日本人の観光客も居ますから」
「さっき、イタリア語と英語で書かないでよ分からないって日本語が聞こえたわね」
「……ここはイタリアですよ?」
「分からないから日本語の解説が欲しいんだよ」
イタリアのローマである。
解説はイタリア語ばかりだ。英語もたまにはあるが、英語もイタリア語も理解できないとただのアルファベットの羅列である。
高遠は言語には不自由しないのでその気持ちは分からない。
「解説がなくても、見ればいいんだろうけど」
「でも、貴方がさっきのアテネとか見たら悪趣味な何かにしか感じ取りませんでしたよね」
「未開地の蛮族女王かなって」
「知恵の女神なんだけど」
移動して、別の彫刻も眺めることにする。
「アテネは戦いの女神でもありますから、貴方みたいなものじゃないですか。暴力的ですし」
「暴力なんて振るわないんだけど、苦手だし。……褒めた?」
「褒めに聞こえますか?」
「ギリシャ神話の神々は人間的なところがあるから、遙一の言葉、は褒め言葉にしておけばいいんじゃないかな」
暴力は苦手とは言うが事実だ。
彼女は事件に巻き込まれやすい性質、もしくは属性をしているが犯人に殺されそうになったときは対処のしようがない。
息を止めてナイフを振るうぐらいなら出来るが、人を傷つけることは苦手だ。
高遠はそれに対して、”普通”に対処が出来る。
「ニオベの娘だ」
適当に歩いていたら、次の彫刻が目に入る。右腕に継ぎ痕がある女性の像、女性は全裸に近く、大理石で彫られた像だ。
「解説は」
「オルティ・サルスティアーニのニオベ、跪く少女の像、傷ついたニオベの娘とも言う。紀元前四百四十年頃の作品で有り、大理石で掘られてる。ニオベは
夫との間に七男七女をもうけた」
「大一家ね」
が酷く近づいて見そうだったので高遠がの首の後ろの服を掴んで止めていた。
「あるとき、彼女は女神レトと自分を比べ自分はこれだけ子供を産んだのにレトはアポロンとアルテミスしか産まなかったといい、怒ったレトは息子と娘達に行って、
ニオベの子供達を全員射殺。夫は自殺。傷ついたニオベは石になったって話」
「……どこから突っ込んでいいのか分からないんだけど、ニオベの子供殺人事件でいいんじゃないかしら」
「ギリシャ神話にしろ神話は殺人事件が多いですが、この場合は殺人、場合によっては殺神事件でしょう」
「二千年は軽く経ってるのにこの綺麗さか。腕に継ぎ目があるけど」
もニオベの娘を眺めている。
「発掘当初は腕がなかったの。アテネだって、腕、なかったし」
「彫刻で全身が残っているのはまれでしょう」
発掘される彫刻は紀元前のものばかりだ。大理石で掘られたとは言っても、全部が残っていることは珍しい。
近づこうとするを再度止めながら高遠はニオベを確認する。
「あ、写真、とっていい? アンタと私とで」
「唐突ですね。雪平さん」
「の保護者的存在に三人で撮影した写真をって言われてたの。ニオベの前でいいから誰かに撮って貰おうよ」
が高遠が持っているデジカメを奪うと手頃な人を探し出す。デジカメはの保護者的存在に持たされたものだ。
保護者的存在からの目付を頼まれているが、クローバミア家は滞在費などは全部出してくれるため高遠やにとっては一種のスポンサーになっている。
日本人らしい女性をは連れてきた。
「このボタンを押して撮影すればいいのね」
「お願いします」
「遙一」
高遠の隣にが立ち、間にが立つ。ニオベの娘の前で三人は写真を撮って貰った。撮ったのは日本人らしい長髪の女性だ。
「雪平さん、、そろそろ時間なので。ツアーの方に」
「先に行っているわ」
「速くね。――撮影、ありがとうございました」
高遠が安物の腕時計で……高いものを持ち歩いていると都市によってはスラれてしまうため……時間を確認した。
とが待ち合わせ場所に向かい、高遠は女性からデジカメを受け取った。
「お父さんとお母さんと娘って感じだけど」
「え?」
「驚くことかしら。貴方もツアー、見学に行くんでしょう」
「そうですね。行きます」
驚いたことに逆に女性が驚いたようだが高遠はとが待っているからとデジカメと共に行く。
(……お父さんは私として……お母さん……雪平さんは確かに味覚に関しては私の母親みたいなところはありますが……)
高遠は父子家庭で育ち、食事はほぼ家政婦が作っていた。家庭の味というのがよく分かっていなかったが、と関わるようになってからは、
彼女が作る料理が家庭料理の基準のようなものになっていた。和食も彼女が食べさせたのでそれが基準だ。
娘とは消去法でのことになるのだろうが、
(私には異母妹が居ますが逢ったことはありませんし、娘とは違いますし……そうみえるんですかね)
誰もそんなことは言わなかったので、聞いたことはなかったので、高遠は撮影者の意見を呑み込んだ。
「こっちよ」
の声が聞こえる。が手を振っていた。
「待たせました。先ほど撮影者に言われたのですが、雪平さんはお母さんに見えるらしいですよ」
「手のかかる二人が居るからね……」
「わたしと、遙一? 迷惑?」
「迷惑ではないわよ。終わったらカフェ巡りね」
「時間はまだまだありますから」
案内人らしいヨーロッパ系の女性がイタリア語で話し始める。周りには十人以上の同じツアーの見学客だ。はぐれないようにが高遠の服の裾を掴んできた。
イタリア語、または英語を聞きながら三人は三階のフレスコ画を見学することにした。
【Fin】
薔薇十字でニオベが出てきたので実際に見に行ったという風にはしてみたが撮影者の女性の方は裏設定であの人だったりというか。自覚が無い三人。
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