おさかなてんごく

       

「河豚だ……」

は呟いた。
両島原の釣り場で釣りの手伝いをしていたのだが、連れたのが河豚だったのだ。夜、眠いのに起きているのにだ。
まだ釣り竿に河豚がくっついていたままだった。
日本ではよく食べられてはいるが外国ではあまり、というかほぼ食われない魚である。

「ワウ」

「……釣れたことは嬉しいんだけど」

「河豚も美味いぞ!」

釣り針から魚を外しながら、はアマテラスに話しかけた。端から見ると真っ白い大きな犬……犬ではなく狼だが……
にしか見えないアマテラスであるが、の目には赤い隈取りが入った神器である鏡を背負っている狼に見えた。
アマテラスという名前で解るかも知れないが、この狼は神である。
達の代わりに釣り竿を握ってくれる漁師が断言していた。河豚が美味いことはも認めるが、
問題はそこではない。

「しょぼくれてねえで、次をつれば良いんだよ。次!」

アマテラスの上でノミのように跳ねているのは、の視力でどうにか笠を被った小さな男の子と確認できる何か、
コロポックルのイッスンだった。イッスンはアマテラスを促し、漁師に竿を投げさせる。
この釣りはの食事がかかっているのだった。

『――そのまま調理して食べたら、死ぬわよ?』

(解ってるって)

『毒の耐性をつけられたある貴方でもテトロドトキシンは防ぎきれないのだから』

女性の声がの耳に届いた。もっと言うと、魂から響いてくる。
その声はアマテラスにもイッスンにも聞こえていない、にしか聞こえない声であった。彼女の名はリアという。
河豚が持つテトロドトキシンは焼いても分解されない毒であり、たった二ミリグラムほど、食べるだけでも人間ならば死んでしまう。
さばくためには専門の調理師免許が必要であり、毒のある部分は厳重に鍵の着いたゴミ箱に捨てなければならない。
この世界の出身では無いは休業中の暗殺者で在り、毒の耐性は最初にいた組織でつけられたが、
耐性も万能では無い。
河豚をつまみ上げる。これは売るしかないと想った。
アマテラスが漁師の投げる竿を見つめる。瞬間、僅かに時が止まった。アマテラスが筆調べの力を使ったのだ。
これにより、釣り竿には針と糸が現れ、魚が引っかかる。漁師が賢明に竿を引っ張っていた。

「ウミネコさんで調理して貰うか売るしかないか」

ウミネコさんとはウミネコ亭という料理屋だ。そこに魚を持っていけば調理をして貰えるが常に運んで調理して
もらうわけにもいかない。魚は商人が良い値で引き取ってくれることもある。資金の足しにも出来た。

「今度こそは大物の筈だぜ!」

「河豚はもういいよ。……調理できるようになるべき?」

『……河豚の調理師免許でも取る気?……まずは帰らないといけないわよ』

(解ってる。……お前、分からないの?)

『死にたいなら教えてあげてもいいけど』

二度目の解っているをいうとは腰を下ろした。
学校帰りに何かに喚ばれてここに来てしまった。言ってしまえば異世界トリップという奴である。
元の世界に帰る為にはこの世界を救わなければいけないらしく、はアマテラスとイッスンと共に世界を救済する旅をしていた。
色々なことがあったが回想は今度だ。
今は釣りをしているのは食糧確保の為である。は人間なので食べなければ生活が出来ない。
漁師が釣り竿を勢いよく引っ張った。アマテラスが筆調べの力を使い、魚を落とす。

「鯛じゃねえか」

「……焼いたら美味しいかな」

「刺身もいけてるぜ。もっと釣っちまうぞ!」

今度は釣れたのは赤身の鯛だった。イッスンが調子に乗ってアマテラスの頭の上で跳ねている。
鯛ならば食べられそうだ。の魚の基準は食べられるか、売れるかになり、食べられるかだと美味しいか不味いかになる。
釣れたばかりの鯛に布を被せて目隠しをすると素早くは包丁を取り出して血抜きをした。
これをしないと味が落ちるとは元の世界に居たときによく立ち寄って寿司屋の店主が教えてくれた。
がアルバイトをしてことがある寿司屋だ。
魚の捌き方はお陰で半分ぐらい解った。残りの半分はナカツクニで覚えた。

(血は水で落とせばいいか……)

魚の血と人間の血とでは似ているようではあるが生臭さなどが違っていた。は人間の血の匂いの方が
嗅ぎ慣れていた。本業は暗殺者だからだ。それが何の因果か狼とコロポックルと旅をしている。

『……人間の血に見えた?』

「全然」

『妖怪ばかりを狩っていて、人間を狩ることを忘れちゃったかと想って』

(忘れるか)

口だけを動かして心の中でリアの言葉を返す。
この世界、ナカツクニに来てからは妖怪が相手であり人間の相手が滅多にない。リアはが盟約を交わしている
『カルヴァリア』の化身だ。『カルヴァリア』は人間の魂を糧として武器を具現化させたり、対価と引き替えに奇跡を
起こしたり出来るが、異世界に来たせいか調子を崩しているらしく、出来ることは僅かな武器の具現化と
リアとの会話ぐらいだ。

「かかった! これこそが大物だ!」

「頑張りやがれ。漁師の兄ちゃん!」

白手ぬぐいを頭に巻き、焼けた肌にイカダの入れ墨のフンドシ姿の漁師が竿を引っ張っている。
アマテラスは見ているだけだ。もそうである。魚を引きあげた時が勝負だ。

(眠……)

アマテラスにとって、昼と夜の操作は容易なことだ。筆調べの力で空に太陽や月を描けば、昼が訪れたり、
夜が訪れたりする。今の夜も、昼の時に空に三日月を描いて、月光の力を発動させたのだ。
は目を閉じる。
夜にならなければ出来ないこともあるのだが、付き合うことによりは寝不足に陥るときがあった。
そう言うときは断りを入れて体内時計を直すのだ。目を閉じているとザクリ、と音がした。アマテラスが一閃の力を
使ったのだ。その後で水音がした為、かなりの大物らしい。小物ならば一回で釣れるが大物になるに釣れて
釣るのに時間がかかる。

『――雷光の力でも落とせば一発じゃないの?』

「お前は鬼か」

リアの声に想わずは眼を開けて口に出して言ってしまう。
雷光の力も筆調べの力の一つでその名の通り、雷を落とす力だ。
類似として爆薬を使ったりするとかもあるが、この手の量は漁場を荒らすと中止されている。
海に落とせば魚が痺れて釣りも容易になると言いたいのだろうが、釣り人はそんなことで魚を捕獲したくはない。
己の力で釣りたいのだ。

「ワウ」

「……アマテラスの事じゃないからね」

アマテラスが寄ってきたのではアマテラスのふわふわの毛皮を撫でた。
この間にも、漁師は釣り竿で魚を引っ張り上げている。食料をある程度、確保してから次の地点へ向かおうとしていた。

姉、そろそろ釣れそうだぜ!」

イッスンが声をあげる。は釣り場の方を向いた。

「てやあー!」

釣り竿が引っ張られることにより、浮き上がるモノ、アマテラスがそれを一閃した。落ちてきたのは、魚ではなく、

「……亀?」

赤い色の亀であった。は険しい顔で亀を見下ろした。

「大物だと想うんだけどな」

「……大物だけど」

「次だ、次。まだまだ行くぜィ!」

「ワウ」

漁師が頭を掻いている。イッスンが促してアマテラスが鳴いた。取れたばかりの亀はひっくり返って空を眺めている。
この調子で食糧を確保していくとしたら、どれぐらいかかるだろうとは考えた。
それよりもこの亀をどうするべきか。

『枕にでもしたら?』

「……生臭いよ」

ぼそり、とは返す。アマテラスが前足で亀をつついていた。食糧確保の為にはもう少し、釣りが必要であるようだ。


【Fin】

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