諸行無常

       

両島原にある餡刻寺の前に、アマテラス、イッスンはいた。イッスンはアマテラスの頭の上に乗っている。

「……本当のボイン姉はこの寺で熱心に仏道を説いていたんだろうなァ」

「行ってみるの?アマテラス」

アマテラスが行きたいと言っているようだったので、は餡刻寺の階段を上ることにした。
岩を積み上げて作り上げたような階段は上りづらかったが、上れないほどではない。ここを上ったのは三度目ぐらいだ。
二度目は急いで上っていた。
この寺の主はもう居ない。死んでしまっている。主の名はツヅラオと言った。イッスンはボイン姉と呼んでいる。
胸が大きかったからだ。
階段を上り続けると、寺が見えた。古びた寺だ。中に入ってみると、そこには仏像が置いてあった。
よく手入れされている。

「仏教っていまいち解らないんだよね……」

『貴方の場合、どの宗教でも同じだと想うのだけれども』

仏像を見て呟くの耳に女性の声がした。その声はにしか聞こえない。
彼女はリアと言い、簡単に言ってしまえばに憑いている幽霊のようなものだ。力は沢山持っているのに
この世界に来てしまってからは調子が悪いらしく、余り力を使えない。
確かに、は信仰心が薄い。
は異国人であるために仏教よりもキリスト教の方がまだ馴染みが深いが、それでも宗教は信じない方だった。
一通り見てから外に出て、寺の裏側へと回り込む。妖気が濃くなった。
アマテラスが行こうとしているところが察せた。寺の後ろには隠し通路があり、そこが都に通じているのだ。
妖気が濃くなる。隠し通路を歩いていくと、空井戸が見えた。こんなところに井戸を作ること自体、
無駄なことであるように見えるが、通路のカモフラージュの為に作られたので、本来の使い方は
されなくても良いのだ。アマテラスが飛び込んだのでも飛び込む。
この程度の高さならばもアマテラスも容易に着地できた。降りると、寒気がする。
足下に水が当たったが、これが寒気の原因では無い。アマテラスが視線を送る方向をも見る。
そこにあったのは、白骨死体だった。
服装からして、女性、この白骨死体が本物のツヅラオだ。

「アマ公……おめえ、本物のボイン姉を弔いに来たのか」

「ワウ」

首にぶら下げている数珠の珠が青い。偽物のツヅラオは数珠の珠が赤かった。
彼女は西安京の摂政として女王ヒミコの代わりに都を収めていたがその時点で彼女は偽物だった。

「お墓、作れば良いんだよね……先ずは死体を持っていかないと」

姉は死体とか怖くないのかァ?」

「別に。死んでるし」

動いている死体は見たことがあったがこの白骨死体は本当に死んでいる。肉がそげ落ちていた。死んでいて随分経つようだ。
本物のツヅラオは達を都まで案内してくれた。西安京の危機はやアマテラスの力によって救われたが、
払った犠牲も大きい。死体を運び出した後は弔うべきなのだろうがナカツクニの弔い方法も知らないし、
ここからどうやって死体を運び出すかも問題だ。入り口の空井戸には梯子も掛けてあるが死体を背負いながら行けはしないし、白骨死体なので崩れてしまう。
向こうの道へ行けば都へ通じているが、いきなり白骨死体をもって出てくるわけにもいかなかった。

『……外に僧侶が居たでしょう。その人に手伝って貰いなさい』

「その手があったね」

運び出す方法を考えているとリアが助言をくれた。の言葉の後でリアがため息をついていた。

「……その手?」

「外の人に手伝って貰おうって。良い?アマテラス」

「ワウ」

疑問を浮かべたイッスンにが答える。なるほどなァ、とイッスンは答えた。早速アマテラスに
僧侶を呼びにいってもらった。



墓を作るのは生者の役目だ、とは誰かから聞いた。
僧侶にツヅラオの死体を運ぶのを手伝って貰い、墓を作った。餡刻寺の傍らに石碑を建てて、線香を持ってきた。
僧侶が経を上げていた。聖書の祈りのようなものだろうとは想う。元の世界で肝試しはやったことがあるので、
卒塔婆ぐらいは知っていた。アマテラスが筆調べで花を咲かせていた。

「ボイン姉もこれで浮かばれると良いけどなァ」

「そうだね」

イッスンの言葉を肯定しておいた。アマテラスが神妙な表情で墓を見ている。普通にしていると間抜け面にしか
見えないが、何か考えていることがあるのだろう。はアマテラスの言葉を聞くことが出来ない。
アマテラスの頭をは撫でた。

「この寺、どうなるんだ?」

「都から誰か来るんじゃないのかな」

そうは言っても、後のことだろう。都も統治者であるヒミコが死んでしまっている。大きな混乱は起きては居ないが。
経の声が止んだ。読み終わったのだ。

「ツヅラオ殿の生き様はまさに仏教を体現したものであった。諸行無常……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

旅の僧が言い、両手の数珠をあわせた。そんなことを言われてもは解らない。

『――――――仏教の教えの基本は三法印。そのうちの一つよ。四法印とすることもあるけど』

「そうなんだ」

リアの声がする。小声では答えた。
それだけでは説明不足ではあったが、すぐに付け足してくれていた。仏教の救いとは超越的な
存在がもたらすものではなく個々が持つものとなっている。諸行無常とはこの世界に存在しているものは全て
姿も本質も常に変わるものであると言う。変わるべきこそが我であるという。
残りの二つは諸法無我、涅槃寂静、四つにするとそれに一切皆苦と言うものが付け足されるらしい。

『いまいち解らなさそうな顔をしているけれど、そう言うとらえ方もあるのよ』

「ワウ」

アマテラスが鳴いたことで気が付いたが、辺りが橙色に染まっていた。夕方になっていた。そろそろ夜が来る。

「今日はここで寝ようか……起きている必要はないし、あっても寝るし」

「仏像の前で寝るのかィ」

「寝られれば何処でも良いからね。それに寺も誰か居た方が良いかと想う」

この旅は殆どが野宿だ。今日の宿は餡刻寺で取ることにした。屋根があるだけでもありがたい。
誰も許可を下ろす人が居ないので勝手に決定した。

「ワウ」

「アマテラスもそう言ってるし」

「……まーったく、ボイン姉。今日はここ、借りるぜィ」

イッスンが言う。そうすると、一陣の風が吹いた。風はツヅラオの墓に吹き、供えてある花を揺らす。

『許可、貰えたかもね』

リアが面白そうに言っていた。は風に髪を抑える。アマテラスが一声、鳴いた。


【Fin】

お墓を作る話というか仏教の話は端折ってます。本人キリスト教圏内な人なので(といってもあんまり信じてないんですが)
いまいちピンとこないかんじで

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