幸せを買う人と安らぎを飼う人

        
「どうかな?」

は両手に持った本から視線を外さずに、本の執筆者の声を聞いた。
感想に期待を抱いている声だ。正座をした足を崩さずに彼女は正直に執筆者である毛利元就に告げた。

「今までと変わらない。文は長いから面白いと言うわけではない」

「これでも短くしたつもりなんだけどね」

「短くと言う言葉とこの本の文は噛み合っていないんだが」

前回に読んだ本よりは確かに短い。短いのだがほんの少しだ。
書いた物を本にしてしまっても、これ一冊だけ出し別に良いのだが、こんなものが量産されると困る。
文字が認識できるものにとっては場合によっては兵器だ。

「戦国の世の始まりを書いたつもりなんだ」

「書かれてはいるが、無駄に長い」

「必要なことを……」

「長いんだ。毛利殿……これは長い」

三回は同じ事を繰り返した。戦国の世の始まりについてはまとめてはあるが、まだまだ短く出来た。
京の幕府の力が衰退し、力を取り戻そうとして失敗し、さらには幕府が別れて争った。
今もまだ幕府の力は残っているが小さい。

「君の評価がコレだと、他の評判も悪い……。一人ぐらいは好きな人が居てくれるかも知れないけど」

「……短くするだけで少しは改善が出来る……。時間だ。買い出しに行ってくる」

は立ち上がる。いつもならばもっと早く買い出しをするはずだったのだが、彼に呼び止められて、
本を読まされていた。

「行ってらっしゃい」

元就に見送られ、は部屋を出る。
先ほどまで居たのは元就の書斎だ。書斎はいくつもの本が積み上げられている。あの部屋も掃除して、部屋の本を
虫干ししたかった。出来る限り書棚を手に入れて、中に収納していきたいのだが、元就は本が分からなくなると、
言ってきていた。片付けられない人間の、片付けたくない人間の言い訳だとは想っている。
草履を履いて、は屋敷から出た。
屋敷にはと元就しか住んでいない。が来るまでは通いの女中がいたが、は家事をするようになってからは
来なくなっている。

(毛利、元就……)

彼は中国地方を統一し、小さな勢力だった毛利家を一代で拡大した人物であり、を屋敷に置いてくれている人物だ。
かつてのが仕えていた者と同姓同名で同じ立場であった。
の知る毛利元就は冷静で、冷徹であり、冷え切った男で、日輪を信仰していた。共に中国地方を統一した。
屋敷を出て町並みへと入り、買い物を始める。
今のの立場は元就の女中だ。屋敷の掃除から買い物、食事作りまでをしている。
元就は元、毛利家の当主であり現在は隠居をして、歴史家として活動をしているが、としては歴史家に向いていない人と
言う評価だ。表向きは元就は病死していている。

「……魚にしておくか」

副食の内容を決めてるとは魚屋を探し始めた。



帰宅すると、屋敷の中が騒がしかった。
この屋敷を訪れる者は限られている。は厨房に食材を置くと、そのまま書斎の方へと行く。

「大殿!!」

「助言ばかり聞きに来るのはどうかと想うんだけどね」

(輝元殿か……)

厨房に来た時点で気配は消している。
輝元は元就の孫であり、現毛利家の当主だ。元就を今も頼っている。部屋には元就と輝元と後一人の気配があった。
家臣だろうか、輝元が元就に助言を貰いに来るのは、元就の長男で、輝元の父親でもある隆元が父親が隠居するぐらいなら、
自分も隠居する、とか騒動があり、観念した元就が補佐をしていたからだ。

「自信が、自信がないのです!! 大殿の補佐が無いと……」

「私を頼りにし続けるのも困るんだ。……、お茶を入れてくれ」

殿……?」

困ったようにしながらも、一息ついた元就はを呼んだ。平静を装い、は襖を開ける。

「良いお茶の葉が手に入った。と伝えるところだった」

「お茶にしようか。のお茶は美味しいからね。茶菓子は」

元就は柔らかな笑みで言う。

「ある」

「気が効くね」

「しっかりしていますよね。殿は。大殿はだらけているところがあるから殿が居ると助かると聞きました」

「毛利殿がコレだからな。片付けをしないし」

しっかりしていると言われるが、そうしなければならなかったからしていただけだ。性格もあるだろうが。
元就は出したものは片付けない。彼の書斎の本は積み上がっている。
助かると言ったのは毛利家の家臣だろうか。
は茶を入れることにした。三人分だ。お茶を入れてくれとは以前も言われたことがあり、元就と輝元の
二人分を入れたら、もお茶を入れてくれば良かったのに、と言われた。
手早く、丸盆に和菓子とお茶を三人分用意して、元就と輝元に配る。

「和菓子も良いですが、南蛮菓子とか美味しいと聞きました」

「カステラは甘くて美味いぞ。設備があれば作られるが」

「作られるのですか」

は、器用だよね。居てくれて嬉しいよ」

カステラは昔に作ったことがある。海外の文化を試しに取り寄せてみたが仕えていた毛利元就と様々なものを
見聞したのだ。は料理は好きである。日の本のことや海外のことを話していた。
海外から攻められればひとたまりもないだろうと言ったに対し、彼はその時はその時だとだけ言っていた。
中国を統一して少ししてからのことだ。
あの後で海外ではなく四国に攻められて戦って、はここに来てしまった。

「貴方がほんの少しでも片付けをしてくれれば私の負担も減るのだが、本を捨てるとか」

「捨てるとかとんでもないことを言わないでくれるかな。手に入れるのが大変なものだってあるのに」

「それならば、貴方が書いた本を捨てよう。庭で燃やすか」

「燃やすとかは良くない。本を燃やす国は時期に滅びるって言われていてね」

は捨てると決めればいらないものは捨てられる。毛利の訴えをは受け流していた。

「大殿も殿には適いませんね」

「輝元、このままだとが本を全て捨てそうなんだけど助けてくれ」

輝元が朗らかに言う。元就は本を守るために孫に助けを求めていた。
それから数時間して元就が明日こそ書斎を片付けると言った。は納得し、輝元が帰った。

「……貴方の孫とは思えないな。輝元殿は、頼りないところがある」

「大事な孫だよ。は輝元が嫌いかな?」

「嫌いではないが、判断が足りうるかは……微妙なところだ」

は当主や上に立つ者に対しては、下の者の命を預けたりすることもあるため、評価が厳しい。

「私が歴史家として活動しようとしたときはよく止められてね」

「誰だって止める」

「歴史家の方じゃなくて当主の方だよ……」

元就が微苦笑する。は空っぽの湯飲みや皿を片付けようとしたが、気を取られて庭の方を眺めた。
夕焼けが庭を染めてきている。空には薄ぼんやりと丸くなりつつある月が出ていた。

「月がそろそろ丸くなる」

「君は月が大好きだよね。私は太陽でも月でもどっちでも良いんだけれども」

「厳島の戦いの時、毛利様が日輪を信仰し始めて、私はその反対を選んだだけだ」

毛利様とが呼ぶのは元就ではない。本来、仕えていた毛利元就のことだ。陶家との決戦であった厳島の戦いで、
元就が願掛けとして日輪を信仰し始めて、も月を信仰し始めた。あの頃は勢力を得るために必死だった。
戦国時代は強くなければ生き残ることは出来ないし、安定も望めない。

「君は、張り詰めすぎだよ。月を信仰しているときの君は、縋ってる」

「……縋ってなどは」

「以前よりは直ってきているけれどね」

元就はの右頬に手を当てた。
違う世界から来たと言うことを信じ、屋敷に置いてくれているこの世界の毛利元就のことをは苦手としている。
戸惑っている間に元就の両腕の力を感じた。
抱きしめられている。

「壊れたモノは放置しておけば良かったのに」

「――壊れているなら、直るかも知れないじゃないか。現に君は手遅れではなかった」

戦いに次ぐ戦いでの精神は壊れかけていた。壊れないでいるためには、丈夫でいるか壊れないでいるために、
壊れるしかなく、が取ったのは後者の方だった。本人としては前者を取っていたはずだったのに、取れていなかった。
は元就の胸を軽く押して、身を翻すようにして離れる。

「……夕飯を作ってくる」

流されてしまいそうだったので対策を取る。

「まだ一日は、終わらないからね」

柔らかく言われているがはどことなく寒気を感じた。苦手なのに元就から離れないのは側に居ることを心地いいと
想ってしまっているからなのか――、は元就の言葉には返事せずに丸盆を持つと、部屋を出た。


【Fin】

お爺ちゃん、書いてるのは楽しいんだが。このヒロインは前に連載していたBASARA2の連載、月花の出身です

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