その日の午後は

        

島左近は浮かれていた。
心躍るとはこのことである。天気は晴れているし、出かけるのにはちょうどいい日だ。

「左近?」

背後には首をかしげている着物姿の女性、左近が出入りしている神社の巫女、御巫だ。巫女装束から着物に着替えている。
黄緑を基調とした着物で細かい花柄が描かれていた。は着物も似合っている。

「着物、似合います!! 巫女装束ばっかりでしたし」

「巫女だからな。鉄火場にでも行くのか」

の作った昼食を食べて、午後は出かけることとなった。
天気がいいから出かけようなんて簡単な理由をつけてみたが彼女は左近と出かけてくれることになった。巫女装束から着物に着替えたのは、
出かけるならば着替えるべきだろうかと彼女が言ってきたからだ。
着替えは覗きたかったが耐えた。

「よければ行きたいなって。さんは賭け事とかするんですか」

「どちらが大きい魚を釣れるかとかやった。――私が勝った」

「さっすが!!」

華奢そうなが釣り竿を持って魚を釣るというのは想像が出来ないが、誇らしげに言っていたので嬉しかったのだろうと想う。
二人は町中に入って、適当に歩いていた。
は左近に行き先を任せているのだが、その左近が行き先を決めていない。鉄火場にでも左近が行こうとしたとき、

「――もしかして、清興君?」

清興と、かつての名前で呼ばれた。
前に立っていたのは左近よりも少し年上の女性だ。二重まぶたで、長髪をしている。おとなしそうな女性だ。左近は彼女とは知り合いであった。

「長岡さん。お久しぶりです。清興じゃ無くて、今は左近って名乗ってて」

「そうなの?」

「左近、知り合いなのか」

「そうなんですよ。さん、彼女は長岡かぐやさん。京にいたときに知り合って。こっち、巫女してる……」

「御巫だ。よろしく」

長岡かぐやは左近が清興だった時、豊臣軍にも所属をしていない頃に出会った女性だ。
故郷を焼かれ、捨て鉢のように生きてきた彼は京であるきっかけを掴んで、今仕えている主である石田三成の元へと行った。

「こちらこそ。左近君、暇ならお茶でもいかが? いい店を知っているの。あなたも……」

「行ってみるか? 少し、休みたい」

「行きます行きます」

が休みたそうにしていたので、左近はかぐやの案内で茶屋へ行く。かぐやにはよくして貰っていた。
彼女が案内した茶屋には店員以外は誰もいない。座ってから、かぐやが手際よく注文をしていた。
四人がけの席があり、左近ととかぐやで座る。


「私は買い物の見立てに来たの。左近君は、噂で豊臣軍に入ったと聞いているわ」

「石田軍で切り込み隊長やるんです。前からもしてたんですけど」

やっていたではあるが、左近隊を率いることになったのは最近である。

「買い物か。自分のか?」

「頼まれもの。いい市がやっているから……堺は物が集まるもの。あなたは買い物はしないの?」

「市場には出かけるが、必要最低限のものしか買わないし」

「勿体ないわね。髪とか綺麗なのに」

女性通しなのかとかぐやはすぐに話をしている。堺は各地から品物が集まってくる場所だ。ここを押さえておけば軍資金が手に入るとか
刑部こと、大谷吉継は言っていたが左近からしてみれば買い物が楽ぐらいである。
かぐやの言葉に左近の脳裏にやるべきことが思いつく。

「そうだ!! さん、俺、出かけてきますね。お茶とか、後で飲みますんで」

「何処に……」

「市場っすよ。できる限り早く戻ります!!」

が戸惑った様子を見せていたので左近はやるべきことを言うとすぐに茶屋を出て行く。行き先は市場だ。

(金は、ある。貰ってるし)

左近は目的のものを買いに出かけた。
目的のものとは言っても漠然としているが買い始めれば分かるだろうと、行動する。



「見張りをつけてくれ。どうも左近は狙われている。まだ手を借りるかもしれない」

「まとめて返して貰うわ。、……のほうにしておくわね。左近君、居なくなったから、そっちで呼んでいいでしょ?」

「細川輝代、かぐやはどうした」

御巫、本名、世鬼は知り合いである細川輝代に頼む。輝代は懐から紙を取り出すと床に落とした。紙切れは雀となり、空を飛ぶ。
術者としての面が強い輝代は式神を操り、他所の偵察もこなせる。
と左近は神社を出てからは誰かに見張られていた。自分では無く、左近を見張っている。殺意がこもっていたので、敵だ。
問いに輝代は微笑みながら自分の胸に手を当てた。

「疲れて寝ているわ。そろそろ起きるはずだけど」

「長岡かぐやか……」

「御巫よりましよ」

互いに偽名について言い合う。
偽名を名乗り合っていてもの変装は簡単なものだし、輝代もそうだ。
かぐやの本名は細川輝代であり長岡かぐやは偽名だ。偽名の由来は細川家が貰った姓を名乗っただけだし、かぐやは本名の呼び方を変えただけである。
が偽名と使っている姓、御巫は神職のことをさしている。
店は輝代の持ち物で、店員は細川家の手の物で、取り仕切っているのは彼女だ。

「京は」

「平穏ね。将軍様は封印状態で、京極家はマリアが騒がしいけど」

マリアは京極マリアのことで、元は浅井家の人間だ。浅井家の当主、浅井長政は織田軍の総大将、織田信長の妹であるお市をめとっている。
政略結婚だ。

「将軍様……足利義輝公か」

は将軍に会ったことはない。将軍は室町幕府第十三代将軍足利義輝のことだ。輝代の家である細川家は室町幕府が出来た頃から幕府を支えてきた家ではある。
三管……室町幕府では将軍の次に偉い斯波、細川、畠山のこと……の一家であるのだが、その力は急速に衰えていた。
京極は四職と言われている家の一つだが、三官も四職もすでに力をなくしている。原因は百年以上前に起きた応仁の乱だ。
後継者争いから発展した家通しの争いである。
室町幕府の力が健在ならば今のように群雄割拠はしていない。輝代は将軍のことを語りたがらないが、やっかいな人物であることは
言葉から推測が可能だ。

「思い出したけど、元就様は幕府のことは好きでは無いわね」

輝代の口から主の名を聞く。輝代と元就も何度も会話をしていた。

「幼少期に苦労をした原因だからな。そっち、幕府の仕事はしているのか」

中国の大部分を治める戦国大名、毛利元就がの主だ。
今でこそ力を持っているが彼の幼少期の毛利家はそんな力は無く、生き延びるために周囲の顔色をうかがっていた。元就の兄が室町幕府に呼ばれて、
京に行っている間に仕えていた井上一族に金を取られて困窮していたのだ。
遠回しに言えば幼少期の苦労は室町幕府のせいでもある。

「出来る範囲でしているわよ。――細川(うち)家が」

「将軍は傀儡状態だよな」

「そうでないと、危ないのよ。将軍様には感謝しているわ。好きにやらせて貰っているし、……左近君だけど、好かれているのね」

彼女は元就を慕っている。子供の頃に宮島に来たときに元就とと出会い、自分の生きる方向を見つけたとか話していた。
細川家にも派閥があるが毛利軍と輝代の派閥は友好を結んでいる。今のところは。
今のところがついてしまうのが戦国時代である。
彼女の派閥は細川家の中でも強い権力を持っている。権力をかき集めたり、上げたのだ。毛利軍と細川軍やほかの軍と合同で、織田軍と
戦ったこともあった。

「政定や鶴姫のようでな。構ってしまう」

輝代が目を見開いた。驚かせるようなことを言ったつもりは無い。

「……そうなの?」

「そうだが」

「好かれたくて媚びたわけじゃ無いわよね」

「腹を空かせているようだったから食事をやって、勉強が出来なかったから教えて。悩んでいたから相談に乗っただけだが」

は自分が左近にやったことを話す。輝代は目を閉じた。

「アンタね。――懐かれてから、噛まれるわよ」

「その前に倒すさ。豊臣軍と毛利軍はいずれ戦うことになる。久しぶりだな、かぐや」

「久しぶり。世鬼。言葉、通じてる?」

「通じているさ。内部はどうだ」

柔らかい輝代の雰囲気が変わり、張り詰めたような雰囲気をまとう。二重人格である輝代の裏人格であるかぐやだ。二人は記憶を共有しているので会話に不自由はない。
世間話という名の情報交換をは何事も無かったかのように続けた。



左近は走って店に戻る。手には品物を持っていた。

「ただいま、帰りました。さんにかぐやさん」

「おかえり」

「いきなり走って、何を買ってきたの」

「これ、さんに買ってきたんですよ。世話になってるから、お礼です。かぐやさんには……」

左近が差し出したのは桐の箱だった。机の上には飲み終わった湯飲みが二つと食べ終わったらしい茶菓子が置かれている。
勢いで買い物に行ったのはいいが、かぐやには買っていない。は左近から箱を受け取ると、皿をどかして開けてみた。
中に入っていたのは、手鏡と半月型の櫛、飾りかんざしだった。

「どれも、加賀の物ね」

「見て分かるんっすか」

ええ、とかぐやが言う。は三つの品物を一つずつ手に取っていた。

「私にくれるのか?」

「すっげー、世話になってますから」

食事も作ってくれたりするし、色々なことを教えてもくれる。櫛や手鏡には蒔絵が描かれていて、ツバキの絵柄だった。
飾りかんざしもツバキがついている。はツバキの花が好きなので、選んでみた。
市場でどれを買うべきか悩んでいたら行商人に声をかけられて、

「愛されているわね。貴方」

「困るな」

「って、困らないでくださいよ。迷惑っすか!?」

「……反応に困る」

照れくさそうにが言う。口元に笑みを浮かべて、嬉しがっている。買ってよかったと左近は心の中で拳を握る。
給料はほとんど使い切ってしまったが悔いは無い。かぐやは頬杖をつきながら眺めている。

「資金はあるの? 前は慶次君と鉄火場で素寒貧になってお金、貸したけど」

「あれはきちんと返しました。慶次さん、元気かな」

「彼、前田軍の総大将になったって風の噂で聞いたわ」

「マジっすか!? 慶次さんすげえ……」

左近は京に居た頃にかぐやに助けて貰っている。いいところのお嬢さんであるらしい彼女は慶次や左近に金を貸したり、
近隣の情報を教えてくれた。
金は慶次もそうだが、全額返している。慶次は前田慶次のことであり、左近の博打仲間だ。
前田家は加賀を中心に治めている戦国武将である。
は箱から出したものを丁寧に箱にしまう。

「左近。ありがとう。大切にするよ」

「座ったら? お茶、飲みましょう」

かぐやに促されて左近はの隣の椅子に座る。店員の女性が左近の分のお茶を盆にのせて運び、彼の前に置いた。



輝代にとっては元就と合わせて見るべき人物だ。
二人で一つというか、片方がもう片方の真逆になるようにしている。
互いが互いを支えとしていた。支えていてもぶれるときはぶれるし、別れるときは別れるが、そうやってあり続けている二人だ。
元就のことを輝代は好意的に想っている。
左近はのことを御巫として認識して、も御巫として振る舞っている。それを言えば自分も細川輝代では無く、長岡かぐやとして彼と接していた。

(本当のことが分かったら、どんな顔をするのかしら)

清興だった頃から彼は勘が鋭いところがある。自分が表に出ていたときに初めて会ったが、一人っすか、二人居たような、なんて言ってきたので、
術を使って隠した。左近から見れば輝代は京のお嬢様だ。
なお、左近が入り浸っているところを取り仕切っていたのは輝代である。
左近が異性としてに好意を持っていることには気がついていない。
輝代は言うべきか考えて、言わないことにしておいた。からすれば言ったとしても意味が分からないとなるだろう。
世鬼家の当主として毛利元就の懐刀として活動をしてきた戦忍びは自身を部品ととらえているところがある。もしくは駒だ。
それに豊臣軍と毛利軍はいずれ争う。場合によっては細川軍もだが。

「正直、豊臣軍の天下とかどうでもよくて、三成様に仕えていれば幸せっつーか」

「左近は、幸いなんだな」

は左近を肯定する。
豊臣軍の天下がどうでもいいとか豊臣軍の誰かが聞いたら睨んできそうではある。清興時代を知っている輝代としては左近はぶれなくなった。
石田三成と出会ったからだろう。

「幸せっすよ。三成様に拾われたし、さんにも会えましたから」

「私に会えて幸いとは……」

「マジですって!!」

(応援したくなってきたわ)

恋人通しになることが幸いであるとは輝代は想わないが、左近に声援を送りたくなるのは左近が必死だからだろう。
話に寄ればは明後日には大山祇の方に向かわないといけないので左近とも別れることになる。口裏を合わせるのを手伝ってほしいとか言われた。
予定を組み立てる。

「――まずは外の掃除ね」

「……え? 声、って、なんか」

「戸惑ってるけど……」

「左近、気にするな。それより、鉄火場に行きたいなら……」

かぐやが一瞬だけ出てきた。鉄火場の話題を出すと左近が良いところを見せるとか言っているが運次第だろう。賭博だし。
芝居として困った様子を見せながら輝代は、外の”掃除”の準備を始めた。


【続く】

成り立たせるために出したのが細川輝代というか4は、話が、成り立たせるのがきつすぎるんだがそうしてしまったのは書きたかったからと言うか。


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