とあるバリスタのチェス勝負

      
「ラスベガスでチェスの世界大会? ……カジノで?」

「カジノではしませんが、行われるんですよ」

昼時、ワシントンにあるホテルの一室で雪平は日本人の青年と話していた。丸テーブルを囲んで、二人で赤ワインを飲んでいる。
部屋はファミリールームで、ベッドの上では十代前半の少女が眠っている。
日本人の青年も十代前半の少女もにとっては旧知の仲だ。

「それがどうしたの。高遠。どさ回りしてるアンタがチェス勝負とか暇なの」

「出るのは貴方ですよ。の代理で出てほしいと彼女の保護者的存在から言われました」

の?」

は高遠遙一に聞くが、高遠はベッドの上の少女に視線をやる。もつられて見る。
・クローバミアは寝返りを打っていた。
バリスタの修行のためにイタリアを訪れたはマジシャンの修行をしていた高遠とイタリアで暮らしていたと出会った。
各々、事情は抱えているが、付き合いは長い。

「彼女がネットのチェスをしていることは知っていますよね」

「してたわね。私の名前とか貸してとか言っ……もしかしてそれ?」

「それですよ」

高遠が説明を始めた。
事の発端はがインターネットのチェスを始めたことだ。インターネットを使えば世界中の相手とチェスが出来る。はチェスをしていた。
殆ど負けなしのチェスプレイヤーがで在り、ネット内のチェスでも有名になっていった。
の正体を知りたがるプレイヤーは何人も居た。
世間からすれば天才の部類に入るは家の事情で正体をばらせない。それなら、ばらしてもそれなりに大丈夫そうな者になりすませば良いかと
の名前を借りたのだ。偽の正体を知らせたのはごく少数で、話題については当たり障りのないものを選んだ。
音声チャットなどは使わずに文字だけにしておき、になりきってはいた。

「チェス連盟が出ろとか言ったりしたんだ」

「もめていたりして話題がほしいんですよ」

高遠が側にある丸テーブルの上にある資料を指でたたいた。白いA4サイズの紙の束をは手に取ると読み始めた。
チェス連盟の面倒な事情ばかり書かれている。

「でも、私、チェスは余りしてないわ。高校の時は楽な部活ってことで聖書部とチェス同好会を選んだけど」

ミッション系の学校出身であるは高校時代は喫茶店のバイトをしたりして過ごしていたが部活は全員強制参加だった。余り活動をしなくてなおかつ楽な部活を選んだ。

、聖書、読んでるの?」

鈴を転がしたような声が聞こえた。
がベッドの上から体を起こす。眠そうにしながらも、と高遠が話しているのに気がついて、ベッドから降りる。大きく彼女は伸びをした。
着ている長袖の白いワンピースも伸びをする。

「おはようございます。。チェスの世界大会について話をしていたんですよ。雪平さんに代理で出て貰うって」

そのことを高遠は先にには話しておいたらしい。の機嫌が悪くなる。

「わたし、出たいのに、舟木とね。世界大会で戦おうって話をしたの。紹介したい人がいるんだって」

「日本人よね。舟木って」

「貴方が日本人だからあわせたそうです。も半分日本人ですが」

になりきって話したのは舟木だけで在り、他とは話さないようにしていたようだ。どういう人かは知らない。
名前やプロフィールは貸したが、会話までは聞いていないからだ。

「……実は大人になりきってましたって正直に……いえないか」

「いえませんよ。家庭の事情というものもありますから」

家庭の事情はもそうだが高遠もも複雑だ。複雑じゃない家庭の方が今時珍しい気もするとは想う。
ネットチェスをしていたがチェス連盟からラスベガスで開催されるチェス世界大会に出てほしいと頼まれたが、本人が出ると騒ぎになるので名前を貸していた
出てほしいというのが大まかな事情のようだ。

「出たいな」

「いけません。雪平さんに代わりに頑張って貰います。私よりも弱いですが、一回戦ぐらいは勝てるでしょう」

「待ちなさい。弱いってどういうことよ。高遠」

「チェスで勝負をしてそんなに勝てなかったでしょう」

もたまには高遠に勝っていたからだが、総合的な勝敗は高遠の方が上だ。イタリアに居た頃は暇なときは勝負をしていたが、チェスの他にも将棋やオセロもしていた。

「わたしのうちすじとか、真似られるの?」

「真似させます」

が打って私が教えるとか」

「カンニングは出来ませんよ」

はチェスの世界大会に出たいようだ。名誉よりも純粋に強い相手と戦いたいのだろう。
参加しろと言っているのはプロもアマチュアも関係の無いチェス大会だ。

「名前を貸した私が出るか。分かった。出るわ。の代わりに世界を捕ってくれば良いのね」

「大きく出ましたね。まずは私やに勝てるようになってください。――いいですね? 

その言い方ははいかイエスかどちらかにしておくようにというものだ。選択肢がない。
高遠を怒らせてはいけないとも分かっているのか、首肯してから、彼女はチェス盤を取ってくると部屋の中を駆けていく。

「私が一番弱そうな言い方をするな」

「それよりまず、わたしの癖とか覚えて貰わないと……」

がチェス盤を持ってきた。折りたたみ式のチェス盤で持ち運びが楽なタイプである。ワイングラスやワインの瓶に当たらないようにはチェス盤をおいて、
駒を並べだした。

「緊急になりましたら、世界大会のために打ち方をかえましたとか言えば良いんですよ」

はこれからにチェスの腕前を”なりきって”もらわなければならない。しばらくはチェス漬けだ。
現在のはアメリカを放浪している状態で、高遠とと共に行動していた。資金の方は自分の貯金もあるがの実家からかなり出ている。

「チェスって、コンピューターが世界チャンピオンに勝ったとかなかった?」

「将棋とかもそうだよ。コンピューターの質、上がってるから。チェス人口の九割はレーティング千六百のコンピューターに負けるとか言われてる。けど、コンピューターの勝利は
コンピューターだけではなく、プログラマーとコンピューターのタッグが勝ったとおもうよ。プログラムを組まないとコンピューターはただの箱だもん。――わたしから先にやるね」

話しながらは全ての駒を並べ終え、自分の椅子を取ってくる。は眠気が覚めているのか饒舌だ。の前に椅子を持ってくる。
椅子の上にはチェスの勝負に使うための時計が乗っていて、は時計を机の上に移動させた。

「どうぞ」

「高遠と、どっちが強いの」

「互いの気分に寄りますが、五分五分でしょうか」

最初にが勝負をすることになった。高遠はワイングラスを手に取り、ワインを飲み出す。
が早速、ポーンを動かした。



ラスベガスはネバダ州にある。
はてっきりラスベガス州だと想っていた。そのことをに言うと、ネバダ州だと言われて、高遠からは神戸県と想っているようなものですよと言われた。
飛行機でワシントンからラスベガスに移動した。
チェスをやり続けて数日、勝率は上がったしネットのチェスの方もこなしたし、逢う予定の舟木ともネットで会話をした。
身代わりの準備は万全だ。

「四勝六敗ぐらいかな。高遠とは。は調子が良いとすごく強いわね」

「波が激しいですからね」

飛行機がラスベガスへと到着する。
の隣で寝ている。後ろの座席には高遠が居た。旅費はの実家から出ているので、遠慮無くファーストクラスを取っている。

「ついたの?」

「ついたわよ」

一日の殆どを寝て過ごしてばかりのだ。
空港に降り立ち、手続きをすませる。は愛用の懐中時計を取り出すとボタンを押して、ラスベガスの時差にあわせた。

「レンタカーの手続きはすんでいます」

「運転、どっち」

が不安そうに聞いてきた。

「私です。貴方の側に居るスピードメーターを見て運転しない人には任せませんから」

「よかった」

「見なくても運転できるじゃない」

高遠はに行きましょう、と促し、を無視した。空港でレンタカーに乗り換える。天気は晴れていた。
が助手席に座り、が後部座席に座り、
荷物は空いている座席やトランクに放り込んだ。高遠が車を走らせる。国際免許はも高遠も便利だからと習得していた。
スピードメーターを全く見ないのがの運転であり、安全運転でと最初に言えばスピードを抑えた運転はするがアメリカに来てからそれを言っても、
効果がなくなっていた。自由の国アメリカのせいだろうか。

「この世界大会、賭けチェスが行われます」

「ラスベガスだからか。ラスベガスのイメージはカジノしかないわ」

「都市そのものがカジノを推奨してるし、ホテルも沢山有るから、遙一の仕事も困らないよ」

のラスベガスのイメージは派手すぎるネオンやカジノだ。昼時に着いたのでネオンはまだ点灯していない。
高遠の仕事はマジシャンだ。腕が非常にいい。

「……私もバリスタの仕事、ラスベガスで探してみようかな」

「まずはチェス大会です。最初に運営本部に行きますからね」

高遠が車を走らせて、運営本部がある建物にある。ホテルだった。
達が泊まるホテルとは違う。高遠が車を手早く駐車場に止めた。

「行ってくるから、待っててね」

「いってらっしゃい」

後部座席からは降りる。の声が見送ってくれた。



駐車場では車のシートベルトを外した。座席を倒す。眠たい。

「……何事もなければ良いけど」

不安そうには呟いた。

「”何事もなかった”なんて低確率ですからね。貴方に、伝説の名探偵の姪に殺人鬼が揃ってますから」

雪平は日本では非常に有名で海外でも名前が轟いている伝説の名探偵、団守彦の姪だ。身元が分かると危険だからと伏せられているが、
伏せていてもは事件に巻き込まれていた。高遠は高遠で十五歳の時には人を殺してしまっている上に一般とは感情の振り幅がずれている者だし、
で事情を持っている。学校に通っていないが英才教育を受けさせられた。三人は世間一般からすれば天才ではある。
三人で行動をしているのはの実家がの目付を二人に頼んでいるからだ。

「死神化とか言うらしいよ。ネットで調べたんだけど、行く先々で事件が起きる人のことをそう言うんだって。呪われてると想って解決するしかないけど」

「そうですね。私も雪平さんも開き直りを身につけましたし」

傍観者でいたりすることもあるが、事件に巻き込まれたらそれとなく解決するように誘導したりするようにしている。

「賭けチェスだけど、遙一、参加する?」

「手持ちの金はほしいですし、一回戦ぐらいは彼女に賭けてみますか」

は鞄からノートパソコンを取り出す。ネット接続を可能としているノートパソコンを起動させて、世界チェス大会の公式ページを開いた。
スポンサーの一つが賭け事を推奨しているため、オッズのページがある。

、オッズはそこそこかな」

「舟木という人は優勝候補ですか」

「強いよ」

高遠にもページを見せる。

「ゴールドマンはオッズが低いですが、元世界チャンピオンでしたか」

「コンピューターに負けたの」

人間がコンピューターに負けたことは当時、大きなニュースとなっていた。は欠伸をする。

「眠いのなら寝ていてください」

はシートを倒した。ノートパソコンをスリープ状態にすると足下に置いてから座席に体を丸める。眠くないときの方が少ないぐらいだ。
自分につけられた”枷”である。
高遠は眠り始めたに自分が着ていた上着をかぶせるとラスベガスで買った新聞を読みつつ、を待つ。
三十分ほどしてからが帰ってきた。

「寝てるわね。

「助手席に座ってください。は後部座席に移動させて寝かせておいて、ホテルに到着したときに起きなかったら運びます」

「突発性過眠症……波が激しいのよね」

高遠が一度車から降りてを横抱きにして後部座席に移した。はシートを起こして助手席に座る。
彼女が突発性過眠症であるとの保護者的存在から説明があったが、イタリア時代はこんなことはなかった。高遠がマジックの修行を終えて、もバリスタとしての
修行を終えて、色々あって、現在の放浪生活になってからは突発性過眠症になった。
寝息を立てているを起こさないように高遠が車を発進させる。

「日程の方は」

「三回戦やって、中間でパーティして、そこから準決勝と決勝。最大で五戦するわ。パーティでどさ回りしてみる?」

勝てば次の勝負にいけるが、勝負は夜だったり昼だったりとばらばらになるらしい。人によっては昼だけに固定や夜だけに固定も出来るようだがは固定するような理由もないので
運営任せだ。

「遠慮しておきます。私たちが泊まるホテルの方で手品はしますので。……先ほど話していましたが、何か起きたら開き直り解決ですよ」

「毎度じゃない。怯える子山羊を演じてみたりとか」

「……それ、ヒツジ……、疲れてるの?」

眠たそうなの声が聞こえる。が心配そうに聞いていた。冗談で言ったのだが、本気で取られている。
これが高遠ならば皮肉で言うのではそれなりに返せるが相手はだ。

「疲れてはないけど、さっきのは冗談で言ったから。……ホテルの食事、美味しいと良いけど」

「ラスベガス、観光地だから、日本食のレストランとか豊富だよ」

「――眠たいのならば無理に喋らなくても良いですよ。も雪平さんにあわせなくてもいいですから」

が毛布代わりにしている高遠の上着を掛け直す。は眠る。

「パーティにを連れて行っても良いかしら。変装して妹とか言えば誤魔化せるかも」

「辞めましょう。行きたがるでしょうが、その時は私が面倒を見ています。出られたらの話ですが」

「勝ち進むわよ」

成り行きで代理をすることになりチェスもやりつづけたが、やるからには優勝ぐらいは取りたいものである。チェスの勝率は上がってきた。最初にしたとの勝負は
引き分けに持ち込もうとしたら高遠がに遠慮をするなと言ってきたので、遠慮をしなかったに負けたが、忘れていた勘は取り戻せている。

「妹といえば、貴方には実妹が居ましたよね」

「桜子のこと? 日本にいるわよ。探偵になりたいとか、言ってるわ」

四歳離れた妹である桜子は伯父に憧れて探偵の道に進もうとしていて、団探偵学園では一番良いクラスにいる。
電話でたまに会話をするぐらいだ。

「酔狂だ、と言っているように聞こえます。貴方も探偵のような面はあるでしょうに」

「私は探偵じゃないわ。伯父様や私が理想としている探偵になれなかったし、自分でその道を潰したんだから」

幼少期から秘密組織に狙われかけたり尊敬している人が死んだり、高校時代は友人が殺人事件に巻き込まれたりとの人生は波瀾万丈だ。
それを言うと高遠ももそうだ。異常性を持ってしまったり、最初から持っている者たちで行動している。

「人間としてはどうかと思いますが、バリスタとしては一流ですよ」

「貴方も人間としてどうかと想うけど、奇術師としては一流よね」

皮肉のようにしてお互いに言い合う。

「どっちも、すごいよ」

高遠がバックミラー越しに、が振り返るようにしてを見る。当然のように二人に言った少女はまた眠る。
――なんだか、馬鹿らしくなってくる。
互いに顔を見合わせることはなく、無言のまま高遠は車を走らせ、は外の光景に目をやった。
・クローバミアに二人は色々と、適わない。


【続く】

探偵学園参照なところもありますが錬金術でクロスしたんだからいいんじゃねえかと色々と設定追加してこんな感じというか高遠少年とかも入っている。名前が横文字の方のヒロインは後に記憶喪失になる彼女です

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