ある日の午前中

        

『とーりょー、俺です俺。アンタの後継者です。あの人が二日後にさっさと帰ってこいと。集合地は姫神社で。近い方ですよ。土産楽しみにしてます』

目の前で喋っていた鴉はそれだけを使えると落ちて消えた。
術を使った鴉だ。成功率はそう高くはない。
毛利家に仕えてる世鬼家の頭領、は声の主は忍一族、世鬼家の後継者であり、親類である世鬼政定の声を聞いた。

「毛利様に何かあったのだろうか……」

誰の気配もしないためは独り言を言いながら、朝日を浴びる。
考えてはみたが、ザビー教がサンデー毛利を取り戻すためにやってきたとかなら、二日後とかはつけない。
には超高速の移動手段が存在する。これにより、現在地である大阪から集合地の姫神社までは
一日もあれば辿り着ける。二日後としたのは処理時間を見繕ったのだろう。
住んでいる場所を引き払うことはすぐには出来ない。
姫神社は正式名を大山祇神社と言う。
大三島という西国の勢力の一つ伊予河野軍の領地にある。毛利軍は伊予河野軍に関しては緩い警戒をしつつ、
放置をしている状態だ。集合場所がここなのは大阪から見て厳島よりも近いからだろう。
毛利の呼び出しには慣れている。
井戸で顔を洗おうとしていたら、呼びだし鴉が来ていたので、まだ顔は洗っていない。
水を釣瓶からくんで顔を洗う。
日課としての禊ぎや神社関連のことをしてしまうことにした。

さーん!! おはようございます!!」

二時間後、祝詞でも紙に書き写そうとしたら、島左近がやってきた。
の偽名だ。ここではは御巫と名乗っている。

「左近。仕事はいいのか?」

「三成様に休めって言われたんですよ。三成様は刑部さんと半兵衛さんと佐和山に行きました」

(留守番か)

昨日、左近の主である石田三成が現れた。石田軍というか、豊臣軍は内部に不穏を抱えているようだが、
刑部こと、大谷吉継や半兵衛こと竹中半兵衛が三成と共に動いたようだ。

「暇ならどっか行きませんか!!」

「……太平記を読もうとしていたんだが」

は暇をしているわけでは無く、情報収集をしたりもしている。

「たいへいき、大きい兵器のことっすか?」

左近が聞いてくる。
は少しだけ沈黙した後、言った。

「まずは太平記の概要からだな」



左近はに少しの兵法や神道のことを教わった。は色々なことに詳しい。
彼女が言った太平記というのは兵器のことではなく、史実を書いた物語で百年以上前の南北朝時代を基点とした話であり、
全部で四十巻もあるらしい。
神社の本殿にあるのは祭壇らしいものと、文机だ。左近がよく訪れている場所でもある。

「四十巻も読んだんっすか」

「時間の合間にな。下剋上に比較的批判的ではあるが、これは南朝寄りに書かれているから……」

「下剋上って今じゃ珍しくもなんともないですよね」

南朝とか言われても左近は当時の歴史をほぼ知らない。
下剋上は下の者が上の者を倒すと言ったような意味合いだ。部下が上司を追い出すなんて、ありふれている。

「お前も上を目指すなら勉学はやっておけ」

「読み書きはどうにか出来るようには、……兵法なら三成様とか刑部さんとか半兵衛さんとかさんに教わってますし、
さん兵法にも詳しいっすよね」

「旅をしていたら学んだりしただけだ」

読み書きは寺で少しだけ習ったのと、三成の部下になってから改めて教わっている。
難しい文章はまず聞かなければ読めないが、以前よりは読めるようになってきていた。が旅をしていたことは話で聞いている。

「どんなところに行ったんで」

「一通りは巡ったな。紀州とか好きだし、西の方だと出雲とか、神社絡みで行った」

「紀州って言えば雑賀衆のところっすよね。あの人達、格好良すぎで!! 小田原の時とか、凄かった。三成様はもっと凄かったけど。
……さんは雑賀衆のこと、知ってます?」

雑賀衆は紀州を本拠地としている傭兵集団だ。銃や火薬を主に使う。
頭領の雑賀孫市は女性であるが、頭領として雑賀衆を導いているし、雑賀衆も一つの軍として統率が取れていた。
左近が雑賀衆を見かけたのは小田原の戦いの時だ。豊臣軍は雑賀衆を雇っていた。

「名前ぐらいなら、かな。小田原の戦いも噂ぐらいでならば聞いている。東が大きく変わったとも」

小田原の戦いは関東にある北条の領地を巡って各勢力が争った戦いだ。豊臣軍も参戦した。
武田、伊達、上杉、北条、最終的には北条は滅びてしまった。

「そーいう話は半兵衛さんとか刑部さんとかがやってるっつーか」

「お前は、――武力の方を振るうからな」

「考え込んだ!? 重要なことを考えこんだ!?」

「気のせいだ」

はからまうように微笑した。
彼女の場合、心の底が見えないのだ。見えないが、不快では無い。
左近にとっては透明な湖のような存在である。全てをさらけ出しているようでいて、心中が読めない。

「孫市さんみたいなところ、ありますね。あの人、俺のことをからすって」

小田原で逢った孫市もそうだ。孫市は女性ではあるが凜々しくて、雑賀衆の頭領をしていた。

「……カラスか。雑賀の八咫烏とかけてるのだな」

「元気なカラスみたいな?」

「熊野の大神、素戔嗚尊の遣いだ。三本足のカラスで、雑賀衆の旗指物だ。紀州だと、よく使われている」

孫市が言うカラスの意味を左近は未だに分かっていない。左近の言葉をは無視して八咫烏の話に入る。

「熊野ってでっかい神社がある」

「そこだな。前に行ったことがある」

熊野には熊野大社と呼ばれている古来より信仰を集めている神社がある。
神社がらみか、と左近は考えた。
八咫烏については孫市がよく口に出していたし、カラスが書かれていた旗を見た敵方は恐れおののいていた。
旗印を思い出し、左近はあることを思いつく。

さん、唐突で悪いけど、俺の家紋、ってか、目印、考えてくれないっすか」

「……家紋?」

「左近隊を率いることになって、目印が必要になったんっすよ。前は三成様の大一大万大吉で十分だったのに」

「自分の家紋を覚えていないのか」

「そんなところで。俺、村を焼かれちまったし」

家紋が必要であることは事実だ。
三成と同じ大一大万大吉にしたかったのだが刑部からは見分けがつかないので、別のものを用意しろとか言われた。
に頼んだのは彼女ならば考えてくれそうなのと、加護がありそうだからだ。
彼女が目を細めた。自分は過去に触れることは苦手だが、触れなければならないときはある。

「考えてみよう。私なんかでいいのか」

は深く左近の過去を掘り下げない。左近は笑う。

「私なんか、とか、さんだからいいんっすよ。巫女だし、御利益ありそうだし、家紋、格好いいのを。前に刑部さんに勉強とかでいくつかみせてもらったけど、
一に丸三つとか器からこぼれた団子みたいな家紋より、格好良いのを」

「あれにも、意味があるのだが……」

左近の言葉に苦笑気味にが呟いた。



一に丸三つと言えば一文字に三つ星、毛利家の家紋だろうとは推測する。
政定も似たようなことを言っていたが、その後で団子食いたいです団子、ぼたもちでもいいですなんて話していたし、
政定のほかに元就もいて、彼は不機嫌そうにしていたが、餅か団子を作るなら作れとなっていたので
作ることになった。いつものことである。
三つ星は唐鋤の星で縁起がいいものだ。

「あの家紋って毛利……、西のでかいところの家紋だったはず。さんは毛利家については知ってます?」

毛利家に関しては覚えていたらしい。

「お前よりは分かっている」

というか主家だ。
仕えるべき家だ。左近は無邪気に聞いてくる。無邪気と仮定して詮索はしない。左近は勘が鋭いところがある。

「噂だとイカサマばかりしているところとか」

「戦国大名ならばどこでもしていることではある気がするが」

は率直に左近に言う。左近はイカサマを嫌っていることは知っているが謀略は戦国大名としてはどこでも
やってきている。

「そういうもんっすかね」

「生き延びるためならばやるだろう」

毛利家は買収、暗殺、婚姻、あらゆる策略をやってのし上がってきたが、そうしなければ狩られるだけだった。今でこそ勢力があるが、
それは伸ばしてきたからに他ならない。東にある武田家も伊達家もみんなそうだ。

「イカサマばっかりしてるなら石田軍(ウチ)なら勝てそうな、あ、でも、なんかすげー人が毛利にはいるって刑部さんが」

「すげーひと? 曖昧すぎるな」

「毛利の懐刀って言われてる忍び、誰も会ったことが無いらしいけど」

(風魔みたく言われないか。おそらくは私のことだろうが)

「そいつ、毛利になんで仕えたんっすかね。弱みでも握られたとか」

毛利の懐刀はの異名の一つだ。そう呼ばれることになったのは誇らしいことではある。誰も会ったことは無いとなっているが、
西では顔を知っている者ばかりだし、噂が誇張されたのだろう。
色々言いたいことはあったのだが、はほとんど全てを言わない。
一つだけ、言うべきことはあった。

「そいつは、お前のように賭けたんじゃないか」

――何も無くなってしまったから。
自分のことだったので、答えておいた。後半部分は声には出さない。
家族を亡くして指針を失っていたところ、主となるべき男と出会い、賭けた。
何も無くなったと言うが振り返れば世鬼の家は残っていたのだが、あの頃のにとっては価値があるような、ないようなあやふやなものだった。
ところで、とは言い、左近と目を合わせて、微笑した。

「昼、どうする? 何か食べるか? 作るけど」

「いいんっすか!!」

左近が非常に喜んでいる。からしてみれば左近は弟のようなものだ。政定と同列である。

「出会った縁だからな。家紋も考えつつだ」

毛利に戻れば、豊臣と対決することもあるだろう。その時は敵通しかもしれないが、今は違う。
家紋は良さそうなのを左近に選んでおくことにする。
は食事を作る準備をすることにした。



「普通のカラスが厳島の神獣でしたっけ」

「”普通の”となどとはつけるな」

同時刻、船の上に世鬼政定と毛利元就はいた。大山祇神社へと向かっている。表向きとしては神社通しの交流とか理由はつけているが、
散歩を兼ねたを迎えに行くだけである。大山祇神社と毛利家は縁があるらしい。

「八咫烏とかいるじゃないですか。雑賀とか熊野の家紋に使われてる、やったーカラス」

しゃれで言ってみたら元就が蔑むような視線で見てきた。毛利軍の一部ではその視線で睨まれることに快楽を覚えるものもいるようだが、
政定にそんな趣味は無い。

「……向こう下手に動けないのがつらいですよね。紀州は前に行ったきりで。とーりょーが言うにはややこしいところらしいですけど」

戦国時代、動かなければ狩られてしまうが、動かなくても狩られてしまう。選択は状況を見計らって、臨機応変にだ。

「紀州は勢力が乱立しておる。……雑賀孫市がある程度は統一はしたが」

「孫市姉様のお話ですか?」

飛ぶようにして少女が毛利家の船の甲板に降り立った。
巫女服を動きやすくアレンジして手には弓を持っている。鶴姫、伊予河野の隠し巫女だ。
毛利軍の船よりも伊予河野軍の船の方が多いが立場としては伊予河野が先導していて、毛利軍は客だ。軍とは言っても近衛兵と護衛の政定と
元就だけではあるが。

「姉様じゃ無くて先代の方だ。あの女は先代の遺産を活用したに過ぎない」

「孫市、兄さま……」

「雑賀孫市は襲名式だ」

鶴姫を追うように現れたのは眼鏡をかけた青年だ。外見は二十代ほどである。越智安成、鶴姫の守人であり伊予河野軍の大体のことをしている者だ。
政治的な話などは彼がしている。
安成は元就に一礼した。伊予河野軍は中国と四国に挟まれている。立ち回りをうまくやらなければいけないのも戦国大名だ。
伊予河野の事情は少々特殊である。
まず、伊予河野は伊予が知名で、河野が家名だ。鶴姫は伊予河野軍の主であるが正確に言えば陣代で、戦があれば先頭に立つ者であるが、
家で言えば河野では無く、大祝家の者である。河野の人間は安成だ。越智は母方の家名である。

「前に長曾我部が言ってたが、さやかが名前らしいな」

「それを言うと彼女は怒る。……俺たちはしばらくはこの辺りからは離れないが、場合によっては雇わないとな」

安成や、元就もそのことを知っているし、面倒だから波風を立てたくは無いので、雑賀孫市や孫市と呼ぶが長曾我部元親は別だ。さやかと呼ぶ。
長曾我部は厳島に寄ってから吸収や琉球の方を巡ると聞いた。
伊予河野軍は一国だけであり、兵の練度などを考慮しても資金があるならば傭兵を雇った方がいい国である。
安成は眼鏡を押し上げた。

「西は平穏とは言え、中央と東がな。とーりょー、呼び戻してからはどうするんです?」

「その時に言う」

元就はそれしか言わないので政定も聞かない。小田原の戦いがあったときは西は平穏であったが中央にも不振があった。

姉さま、お元気でしょうか。中央は危ないと聞いているので、心配です」

(地獄に行っても帰ってくるよ。あの人)

鶴姫は心配をしているが、男性陣は心配していない。世鬼は西でも有数の戦闘力を持っている。
不安なのは犬だ。赤い犬ってどんなのだとなっている。に逢えば話は聞けるだろう。
晴れた空の下、船は海の上を走っていた。


【続く】

4は世界がループしてるんじゃ無いか説とかあるっぽいがわけがわからなくなるので固定世界観というか


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